食材から辿る / 在来

大麦 素材 時期 B検証済

成立年代 前8500〜

大麦が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

前8500〜前8000年ごろ(10,500〜10,000 cal BP)の肥沃な三日月地帯(南レバント〜ヨルダン域)で野生大麦 Hordeum spontaneum から栽培化=新石器の創始作物(founder crop)の一つ。野生大麦の採集・製粉自体はさらに古く、オハロII(前21000年ごろ・ガリラヤ湖畔)の磨石からHordeum主体のデンプン粒が出ており、食材としての利用は栽培化に大きく先行する(前史

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化(肥沃な三日月地帯=南レバント〜ヨルダン域で野生大麦 Hordeum spontaneum から栽培大麦 H. vulgare を栽培化=在来・在地栽培で入手。創始作物の一つ)
調理技術ゲート
脱穀・製粉/加熱調理(皮麦のため脱稃が要るが、野生大麦の段階で既に磨石による粉化が行われており在来知。粥・パン・炒り粉、のちに麦芽化してビール)
場ゲート
食材入手と同年=新石器農耕村落の自給食として栽培=食用が同時に成立(大衆・在来。場の制約が退化する典型)

大麦はどこから広がったか

大麦は、人が育てはじめた最初の作物の一群に属している。西アジアの肥沃な三日月地帯——南レバントからヨルダンにかけての一帯で、野生の大麦(Hordeum spontaneum)から栽培大麦が生まれたのは紀元前8500年から前8000年ごろのことで、小麦やヒヨコ豆、レンズ豆と並ぶ新石器の創始作物のひとつに数えられる。

栽培より一万年古い食卓

ただし、栽培化の年は、この麦が食べものになった年ではない。ずっと古い時代の遺跡が、それを示している。ガリラヤ湖のほとりに沈んでいたオハロII遺跡では、紀元前21000年ごろの磨石が見つかっており、その表面に残っていたデンプン粒の大半が大麦のものだった。人はまだ農耕を知らないころから、野生の大麦の穂を集め、石で挽いて粉にし、食べていたのである。畑で育てるようになるまでには、そこからおよそ一万年以上の時間がある。

栽培化がもたらしたのは、食材そのものではなく、その量と確実さだった。実った穂が地面に落ちて散らばらない性質を持った株を選び続けることで、麦は収穫できる作物になった。皮の硬い麦なので殻を取る手間が要るが、挽いて粉にする技はすでに旧石器の段階から手元にある。粥に炊き、平たく焼き、炒って粉にする——この麦は、そのまま食卓に載る形をいくつも持っていた。

北へ、東へ、南へ

原産地を出た大麦は、寒さと痩せた土に強いという性質を武器に、麦のなかでも遠くまで届いた。北西ヨーロッパでは紀元前3750年から前3600年ごろのアイルランドの新石器の畑にすでに現れ、スコットランドでは紀元前4000年から前3300年ごろ、殻の剥けやすい裸大麦が新石器の主要な穀物になっている。さらに北のフィンランドには紀元前4200年ごろ、ノルウェーの南東部には紀元前2400年から前500年ごろの森の暮らしのなかに大麦がある。フィンランドでは近代に至るまで、大麦の粉と粥が日々の主食であり続けた。

東へは、青銅器時代の中央ユーラシアを行き来した牧畜の民が運んだ。紀元前2500年前後、中央アジアの遊牧民の集落に大麦と小麦が現れ、彼らはそれを草原の道に沿って東西へ受け渡していく。南では、地中海を挟んだ両側に大麦が根を下ろした。チュニジアでは紀元前4000年ごろまでに大麦が土地の穀物になり、炒った大麦粉を練る食べもの(ブシサ)がベルベルの食として現在まで続いている。アフリカの角では、アクスム以前のエチオピア高原で紀元前1600年から前900年ごろに大麦を含む農耕が営まれ、この高地は今も大麦の一大産地である。アラビア半島では、大麦の粉で作る粥が病人の心を癒す食べものとして伝えられ、そのことを伝える言葉がハディースに残っている。

小麦がパンの原料として主役の座を取ったあとも、大麦は消えなかった。寒い土地、乾いた土地、高い土地——小麦の育ちにくいところで、この麦は主食であり続けたのである。

各地への伝来 9

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前8500〜前8000頃 レバント 在来在地栽培
  • 前6000〜0頃 チュニジア 在来
  • 前4200〜前4000頃 フィンランド 在来
  • 前4000〜前3300頃 スコットランド 在来在地栽培
  • 前3750〜前3600頃 アイルランド 在来
  • 前3300〜前2000頃 アラビア半島 在来在地栽培
  • 前2500〜前2000頃 中央アジア 交易路
  • 前2400〜前500頃 ノルウェー 在来
  • 前1600〜前900頃 エチオピア高原 交易路

大麦の到来が成立を縛った料理 2

大麦が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

成立年不明 1

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。この食材の到来が下限を与えることは変わらないが、料理の側の成立年はまだ決まっていない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

  • ブシーサ チュニジア 遅くとも 500 年までに

大麦を使う料理 17

成立年不明 6

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

← ほかの食材を見る