函館名物烏賊の粕漬は、塩でもんだ烏賊の足に人参と唐辛子を挟んで胴に詰め、酒粕に漬け込む漬物である。昭和3年(1928年)の料理書が函館地方の正月の御馳走として作り方を載せているが、誰がいつ作り始めたのかは書かれていない。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 烏賊・塩・酒粕は日本で古くから得られる。外から来たのはニンジン(東洋種が中国経由で16世紀末〜17世紀に伝わった)と唐辛子(16世紀後半)。両方がそろうのは早くても16世紀末
- 調理技術ゲート
- 塩でもんだ烏賊の足の間に人参と唐辛子を挟んで胴に詰め、熱湯をかけて皮を剝き、塩を少し混ぜた酒粕に漬ける。粕に漬ける技法は日本で古くからあり、律速ではない
- 場ゲート
- 1928年の料理書は、函館地方では夏の終わりから雪を見る頃まで烏賊がたくさん獲れ、その粕漬を正月の御馳走として作ると書く。烏賊が多く獲れる港の土地の、正月の漬物としての場。
成立年代と成立ゲート
食材入手と調理技術の各ゲートを同じ時間軸に並べた(流通は独立ゲートでなく食材入手の経路として内包し、場ゲートは料理が成立し広まった場のことで、年で表せないので図には出さない)。最も遅い食材入手ゲート(1580年・在地/到来・ニンジン)が最後に揃った条件で、成り立ちうる最も早い年はこの条件が揃った年になる。この条件を太線で示す。それより早い要因はその時点で既に充足していた(細線)。成立年代の帯は、その条件が揃った年以降にある。
- 食材入手(流通/在地/加工の経路を内包)
- 太線=最後に揃った条件(最も遅い=成立を縛る)
- 細線=既に充足
- 場ゲート(年で表せないので図には出さない)
検証メモ: 烏賊の足の間に細く切った人参と唐辛子を挟んで胴に詰め、皮を剝いて酒粕に漬ける漬物。昭和3年(1928)の料理書が「函館名物烏賊の粕漬」の名で作り方を載せ、函館地方では烏賊がたくさん獲れ、正月の御馳走として作ると書く。人参と唐辛子はどちらも外から日本へ来た野菜で、人参の東洋種が伝わったのは16世紀末から17世紀とされるので、それより前には作れない。誰がいつ始めたかを書いた記録は見ていない。
起源説
未確定
★主 函館地方の人が、獲れる烏賊で正月の御馳走として作った粕漬 B
昭和3年(1928)の料理書は、函館地方では夏の終わりから雪を見る頃まで烏賊がたくさん獲れ、料理法もいろいろ考えられているが、中でも正月の御馳走として作る粕漬は手軽にでき長く貯えられると書き、作り方を載せる。誰がいつ始めたかは書かない。大正14年(1925)の同じ出版社の雑誌にも同じ見出しがあるとされるが、頁の画像は館外から開けず確かめていない。
解説
昭和3年(1928年)に主婦之友社から出た『漬物の上手な漬け方』は、「函館名物烏賊の粕漬」の見出しでこの漬物の作り方を載せている。新鮮で大ぶりの烏賊を用意し、胴と足を切り離して腸や目を除き、水で洗って水気をきる。人参は一分(約3ミリ)角ほどの細長い棒に切って烏賊1杯に6、7本、蕃椒(唐辛子)は二つに切って5、6個ずつそろえる。足に塩をたっぷりすり込んでよく揉み、足の間に人参と唐辛子を挟み込んで、そのまま胴の中へ収める。熱湯をかけて薄皮をむいたら、塩を少し混ぜた酒粕に漬け込む。量は一斗樽(約18リットル)ぶんでも、入り用なだけ作ればよいと本は書く。
同じ本は作り方の前置きで、函館地方では夏の終わりから冬にかけて、雪を見るころまで烏賊がたくさん獲れるので、料理法もいろいろ考えられていると述べる。そのなかでも正月の御馳走として作る粕漬は、手軽にできて長く貯えておける重宝な漬物だという。烏賊のよく獲れる土地で、正月の膳のために漬けておける、保存のきく一品だった。
烏賊と塩、酒粕は、日本で古くから手に入る素材である。酒粕に漬ける技法も日本では古くから使われてきた。人参と唐辛子は海の外から来た野菜で、唐辛子は16世紀後半に、東洋種と呼ばれる系統の人参は中国を経て16世紀末から17世紀に日本へ伝わったとされる。この二つの野菜が日本にそろうまで、烏賊の足に人参と唐辛子を挟むこの粕漬は作られようがなかった。そこから昭和3年の料理書に載るまでにはおよそ350年の幅があり、そのどのあたりでこの形ができあがったのかはわかっていない。
検証ストーリー
この漬物の名は、料理書の見出しそのものである。昭和3年(1928年)の『漬物の上手な漬け方』は「函館名物烏賊の粕漬」と見出しを立て、目次にも同じ名で載せ、見出しの脇の小見出しでは「烏賊の粕漬」と呼んでいる。見出しは「函館名物」とうたうが、本は誰がいつ作り始めたのかには触れていない。
これより古い記録の手がかりは一つある。同じ主婦之友社の雑誌『主婦之友』の大正14年(1925年)3月号にも、「函館名物烏賊の粕漬」の見出しで、烏賊の胴と足を離し、足の長さほどに細長く切った人参を使って酒粕に漬ける作り方が載っているとされる。ただ、その記事が唐辛子を挟み、足を胴に詰めるところまで同じ作り方なのかは、まだわかっていない。
その後の本には、烏賊に人参を合わせて粕に漬ける漬物が、少しずつ違う姿で現れる。昭和15年(1940年)の『婦人之友』12月号は盛岡の郷土料理として烏賊の粕漬を紹介し、材料に烏賊・人参・酒粕・塩とともにほうれん草を挙げている。昭和33年(1958年)の『やさしい漬物十二カ月』は烏賊と人参を茹で、昭和36年(1961年)の『漬けもの十二カ月』は人参を茹でて、どちらも足の間に挟んで胴へ入れ、酒粕に焼酎を加える。昭和36年の本は、これを「イカの粕漬(北海道地方)」と呼んでいる。唐辛子を挟み、塩を少し混ぜただけの酒粕に漬ける昭和3年の作り方とは、粕の味の付け方が違う。
昭和3年の料理書が書きとめたのは、烏賊のよく獲れる函館地方で、正月の御馳走として作られていた漬物の姿である。函館地方の人々がこの粕漬を作っていたことはこの本から読み取れるが、誰が、いつ作り始めたのかを書いた記録は、まだ見つかっていない。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-10-09 | 支持 | —→— |
「烏賊の粕漬」が1928年の史料に現れる
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | —→— |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) 研磨係の照合: コマ画像で引き直し、1928年『漬物の上手な漬け方』の「函館名物烏賊の粕漬」が、塩でもんだ烏賊の足の間に人参と蕃椒(唐辛子)を挟んで胴に詰め、熱湯をかけて皮を剝き、塩を少し混ぜた酒粕に漬けるもので、骨子の材料(烏賊・人参・酒粕・唐辛子・塩)と一致することを確かめた。画像で確かめられた例はこの1928年の1件だけで、それより前の例は画像では見つからない
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | —→— |
研磨係の照合: コマ画像で引き直し、1928年『漬物の上手な漬け方』の「函館名物烏賊の粕漬」が、塩でもんだ烏賊の足の間に人参と蕃椒(唐辛子)を挟んで胴に詰め、熱湯をかけて皮を剝き、塩を少し混ぜた酒粕に漬けるもので、骨子の材料(烏賊・人参・酒粕・唐辛子・塩)と一致することを確かめた。画像で確かめられた例はこの1928年の1件だけで、それより前の例は画像では見つからない
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | —→— |
1925年『主婦之友』3月号に「函館名物烏賊の粕漬」の見出しと、人参を添えて酒粕に漬ける作り方が出る。OCRのみ。この号は国立国会図書館内限定の公開で、館外からは頁の画像が開けない(画像の取得を試みたが開けなかった)。画像で読めないので、唐辛子を使うか、足に人参を挟んで胴に詰めるかを確かめられず、年の幅に入れない。画像で確かめた例は1928年『漬物の上手な漬け方』の1件だけで、最古・最新ともこの1928年
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | —→— |
1958年『やさしい漬物十二カ月』の「いかの粕漬」は、人参を足の間に挟んで胴へ入れる点は同じだが、烏賊と人参を茹で、酒粕に焼酎を垂らし、抜粋の範囲に唐辛子が出ない。味付けが違うので年の幅に入れない
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | —→— |
1961年『漬けもの十二カ月』の「イカの粕漬(北海道地方)」は、材料がイカ・ニンジン・酒カス・ショウチュウで、ニンジンをゆでて足のあいだに挟み胴に詰める。抜粋の範囲に唐辛子が出ず焼酎が加わるので、味付けが違い、年の幅に入れない
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | —→— |
1940年『婦人之友』12月号の盛岡の郷土料理の記事にある「烏賊の粕漬」は、材料に烏賊・人参・酒粕・塩のほか菠薐草(ほうれん草)を挙げ、抜粋の範囲に唐辛子が出ない。主な材料の組が違うので年の幅に入れない
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | —→— |
地域の確認: 日本→北海道。この行は史料に名前の無い料理で、起源説は立っていない。2026-10-31 に頁の画像で開き直した主婦之友社編輯局編『漬物の上手な漬け方』(主婦之友社、1928、NDL PID 1022731 コマ32)は、見出しを「函館名物烏賊の粕漬」とし、本文の書き出しで、函館地方では夏の終わりから雪を見る頃まで烏賊がたくさん獲れるので料理法もいろいろ考えられているが、中でも正月の御馳走として作る粕漬は手軽にでき長く貯えられる漬物だと書いてから、この品の作り方に入る。出典はこの品を、函館地方の人が考え、正月に作る漬物として書いており、ほかの土地を言う記述は無い。北海道を含む都道府県として北海道に結ぶ。これまでの検証ログでは、1925年『主婦之友』3月号にも同じ見出しの品があるとされ(文字起こしのみ・今回は開いていない)、1961年の本の「イカの粕漬(北海道地方)」と1940年の盛岡の郷土料理の記事の烏賊の粕漬は、味付けや材料の組が違う別の形として年の幅に入れていない。都道府県より狭い地域名: 函館地方(函館)
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研磨係 |
| 2026-10-31 | None | —→— |
「烏賊の粕漬」を料理として扱うことにした(読者に見せるページを切り替え) |
研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | —→— |
呼び名の形による分け方の確認: 1928年『漬物の上手な漬け方』は、この品を見出しで「函館名物烏賊の粕漬」と呼ぶ。函館(土地)+烏賊(素材)+粕漬(形・調味料が中心の呼び名は形の一種)で、「函館名物」は品全体に掛かり、「北海道の鱈」のような素材の名前の一部ではない。素材+土地+形の呼び名なので、名前のある料理として扱い、同じ行のまま移した。土地+形の呼び名(函館の粕漬のような形)は史料に無いので親の行は作らない。見出しの脇の囲みの小見出しは「烏賊の粕漬」で、本文は函館地方の人がこれを「粕漬」と作る、と書く。料理名は見出しの「函館名物烏賊の粕漬」に合わせ、「烏賊の粕漬」は別名として残した。年の幅(1928年)・材料の組は変えていない
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研磨係 |
| 2026-11-01 | 支持 | —→B |
昭和3年(1928)の『漬物の上手な漬け方』は、函館地方では烏賊がたくさん獲れて料理法もいろいろ考えられているが、中でも正月の御馳走として作る粕漬は手軽にでき長く貯えられる、と書いてこの品の作り方を載せる。誰がいつ始めたかは書かない。この起源説は「函館地方の人が正月の御馳走として作った」までに限り、起源説確度は未入力からBにした。対立する起源の話は見つからないので、諸説ありのCは当たらない
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研磨係 |
| 2026-11-01 | 支持 | —→C |
成立の下限: 主な材料の人参は外から来た野菜で、公的機関の解説は東洋種が中国経由で16世紀末〜17世紀に日本へ伝わったと書く。唐辛子の日本の到来の幅の早い端は1542年。両方がそろうのは早くても16世紀末なので、下限を1580年(人参の到来の幅の早い端)とし、上限は料理書に載る1928年のまま。時期確度は未入力からCにした(下限と上限の間が約350年あり、上限を支える例は1928年の1冊だけ)
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研磨係 |
構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。「成立史は準備中」の素材はまだページがありません。