食文化圏 / 中央アジア

中央アジア料理の成立史

中央アジアの食文化圏「中央アジア」に属する料理 11 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏は拡充中です。掲載はまだ一部で、これから料理を追加していきます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 6.93 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1000 年〜最新 1700 年)。

  • 中世 7
  • 近世 3

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 1 外来 3

所属する料理 11

  • マクシム(飲料) キルギス ?–? 時C説B

    街角のタンクやペットボトルで売られている乳酸発酵飲料マクシムは、キルギスの企業が生み出した近代のご当地飲料のように見える。しかし実際には、遊牧の民が焙煎した穀物の粉を発酵させて飲んできた、発明者も誕生の逸話も持たない古い民衆の飲み物である。

  • オシュ・パラウ(プロフ) タジキスタン 1000–1800 時B説C

    「ブハラ生まれの医学者アヴィセンナが世界で初めてピラフを考案した」という有名な起源話は、史料の裏付けを欠く。肉と米を炊くこの料理は、彼が生まれる前にすでに書き留められていた。

  • クルト 中央アジア 1000–1500 時B説C

    羊乳を発酵させ、水を切り、天日で石のように乾かした保存食。中央アジアの遊牧民が草原で乳と暮らすなかから、誰か一人の手柄としてではなく、じわじわと形になっていった一皿である。

  • プロフ ウズベキスタン(サマルカンド/フェルガナ) 1000–1800 時B説C

    中央アジアの宴の中心にある炊き込み飯「プロフ」。アレクサンドロス大王が故郷へ持ち帰ったという伝説や、医聖アヴィセンナが恋煩いの王子を治した料理だという物語が語り継がれてきたが、どちらも後世の作り話である。本当の来歴は、ペルシアの祖型とオアシス都市の定着とが二段で重なるところにある。

  • チュチュヴァラ ウズベキスタン(サマルカンド/フェルガナ) 1200–1700 時B説C

    薄い生地で羊肉を小さく包み、スープで煮込むチュチュヴァラは、中央アジアに広がる茹で餃子の一族に連なる。その名の由来をペルシア語に求めるか、トルコ語に求めるかは、いまも決着がついていない。

  • マントゥ 中央アジア(ウズベキスタン/カザフスタン) 1200–1500 時B説C

    小麦の皮で羊肉を包んで蒸す、中央アジアの蒸し餃子。その名が漢語の『饅頭(mantou)』から来たという長年の見方は、いまや向きを逆にして読み直されている。

  • サムサ 中央アジア 1400–1700 時C説C

    小麦の生地に羊肉と玉ねぎを詰め、粘土窯の内壁に貼りつけて焼き上げる三角の包み。中央アジアの街頭と茶館に根づいた軽食である。

  • ベシュバルマク カザフ草原(カザフ/キルギス) 1400–1900 時B説B

    茹でた馬肉と羊肉を平たい麺生地に乗せ、五本の指でつかんで食べるベシュバルマク。中央アジアの古い遊牧料理だが、「カザフの国民料理」「キルギスの国民料理」という今の枠付けの多くは近代に作られたもので、その料理名すら帝国ロシアの観察が後から与えたものだった。

  • ラグマン 中央アジア(ウイグル/ウズベク/ドゥンガン) 1600–1900 時B説C

    中央アジアの食堂でラグマンを手繰る人は多いが、その名も手わざも、はるか東の中国北部から旅してきたものである。

  • カブリパラオ(アフガニスタン) アフガニスタン 1700–1900 時B説C

    甘く炒めたニンジンとレーズン、ほろりと崩れる羊肉を米に重ねたアフガンの国民料理カブリパラオ。だが名に冠された「カブール」は、この料理が生まれた土地を指してはいない。

  • シャシリク 中央アジア 1700–? 時B説B

    剣に肉を刺して焼いた兵士がシャシリクを生んだ、という勇壮な起源話は史料の裏づけを欠く。この羊の串焼きは、古代からコーカサスから中央アジアの牧畜民が焚き火で続けてきた汎地域の伝統に、後世テュルク語の「串」を語源とする名が付いたものだ。

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