松前漬けは、細く刻んだ昆布と鯣(するめ)を、醤油と酒などを合わせた液に漬けた北海道の漬物である。江戸時代の松前藩が発祥とされるが、昆布と鯣で作るこの形は、昭和15年(1940年)に函館で出た水産加工品の本に製法が載っていて、遅くともこの頃には作られていた。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 昆布とスルメと数の子と醤油。日本で得られる
- 調理技術ゲート
- 刻んだ昆布とスルメを醤油の漬け液に漬ける
- 場ゲート
- 家庭・店・製造元で今も作られ、売られている
成立年代と食材入手ゲート
食材入手(1536年・在地/到来)が最後に揃った条件で、成り立ちうる最も早い年はその条件が揃った年になる。成立年代の帯は、その年以降にある。場ゲート(料理が成立し広まった場)は年で表せないので、図には出さない。
- 食材入手(流通/在地/加工の経路を内包)
- 太線=最後に揃った条件(最も遅い=成立を縛る)
- 細線=既に充足
- 場ゲート(年で表せないので図には出さない)
検証メモ: 細く刻んだ昆布と鯣を、醤油と酒などを合わせた液に漬けた北海道の漬物。数の子を加えたものは正月の料理によく使われる。昭和15年(1940年)に函館で出た北海道の水産加工品の解説書が、利尻昆布と鯣を繊切りにして醤油・酒などに漬ける「松前漬」の製法を載せており、遅くともこの頃には作られていた。1949年の北海道の水産試験場の報告も、鯣を使う製品として戦前の北海道で作られていたと書く。明治から昭和の初めの料理書では、松前漬の名は蕪や京菜などを昆布と漬けたものを広く指し、松前昆布で漬けるのでこの名だと説明されていた。江戸時代の松前藩で始まったという言い伝えがあるが、それを示す同時代の記録は見つかっていない。松前町では今も複数の製造業者が作り、売っている。
起源説
未確定
★主 戦前の北海道で作られた、刻み昆布と鯣の醤油漬け B
細く刻んだ昆布と鯣を、醤油と酒などを合わせた液に漬けた漬物。昭和15年(1940年)に函館で出た北海道の水産加工品の解説書が、利尻昆布と鯣を繊切りにして醤油・酒などの液に漬ける「松前漬」の製法を載せており、遅くともこの頃には北海道の水産加工品として作られていた。1949年の北海道の水産試験場の報告も、鯣を使った製品として戦前に北海道で作られていたと書く。いつ誰が作り始めたかを示すこれより早い記録は見つかっていない。
江戸時代の松前藩で始まったとする説 C
江戸時代の松前藩(いまの北海道松前町)で、ニシンがよく獲れたころに漁師の妻たちが冬の保存食として作り始め、のちに鯣が主な材料になった、という言い伝え。農林水産省の伝統食の紹介ページが挙げるが、根拠の史料は示していない。明治から昭和初めの料理書では、松前漬は蕪や京菜などを昆布と漬けたものを広く指し、松前昆布で漬けるからこの名だと説明されている。鯣を使う形を江戸時代に記した記録は見つかっていない。
解説
松前漬けは、細く刻んだ昆布と鯣を、醤油と酒などを合わせた漬け液に漬けて作る。数の子を合わせることもある。
北海道の松前町では、いまも複数の製造業者が松前漬けを作り、売っている。
検証ストーリー
農林水産省の伝統食の紹介ページは、松前漬けを「江戸時代の松前藩(現北海道松前郡松前町)が発祥とされる」と書き、主に伝わる地域を道南の松前町としている。同じページは、1937年に函館の山形屋の初代社長、海藤政雄が初めて商品にしたとも書くが、どちらの話も根拠となる史料は示していない。国立国会図書館がデジタル化した資料を全文検索できる範囲では、江戸時代の資料に松前漬の語は出てこない。
同じ範囲で1940年より前の資料をたどると、松前漬という名は、蕪や京菜、白菜、鯛、白魚、燻製の鮭などを昆布と一緒に漬けたものを指していて、鯣を使うものは出てこない。昭和11年(1936年)の漬物の事典『副食物としての香物八百種』は、京菜を昆布と塩麹で漬けたものを松前漬とし、「松前昆布で漬けるので松前漬と云ひます」と名の由来を説明している。
昆布と鯣の松前漬が出てくるのは、昭和15年(1940年)9月に函館の北海水産新聞社が出した『北海道水産製造加工品銘鑑』である。酢漬品の項に「松前漬」があり、利尻昆布と、脚と鰭を取って皮をむき、七十度から八十度の湯に一時間ほど浸けて柔らかくした鯣を、それぞれ繊切りにして、醤油七合に酒三合、味の素と細切りの南蛮(唐辛子)を合わせた液に漬ける、と製法を書いている。遅くともこの頃には、昆布と鯣の松前漬が北海道の水産加工品として作られていた。
戦後の昭和24年(1949年)には、北海道立中央水産試験場の函館支場が鯣を使う試験を報告し、その目的に、鯣を使った製品として戦前の北海道で作られていた松前漬の製法と製品を検討し、鯣を使う方法の一つとして広めることを挙げている。
昆布と鯣のこの漬物を、いつ誰が作り始めたのかを示す記録は、見つかっていない。
検証ログ 追記専用の監査証跡 5 件・押すと開く
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-11-04 | 支持 | C→B |
昭和15年(1940年)9月に函館で出た北海道の水産加工品の解説書が、利尻昆布と鯣を繊切りにして醤油・酒などを合わせた液に漬ける「松前漬」の製法を載せている。いまの松前漬と同じ、昆布と鯣を醤油で漬ける形を確かめられた中で最も早い記録で、遅くともこの頃には北海道の水産加工品として作られていた。
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研磨係 |
| 2026-11-04 | 支持 | B→B |
1949年の北海道の水産試験場の報告が、鯣を使った製品として戦前に北海道で作られていた松前漬の製法を検討し普及させる試験を報告している。1940年の解説書と合わせ、鯣を使う松前漬が戦前の北海道で作られていたことが二つの別の記録で確かめられる。
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研磨係 |
| 2026-11-04 | 不明 | C→C |
江戸時代の松前藩で漁師の妻たちが冬の保存食として作り始めたという言い伝えは、同時代の記録では確かめられない。昭和11年(1936年)の漬物の事典は、京菜を昆布と塩麹で漬けたものを松前漬とし、松前昆布で漬けるからこの名だと説明している。昭和の初めまで、松前漬の名は昆布と漬けた野菜や魚を広く指していた。鯣を使う形が江戸時代の松前にあったかは決められない。
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研磨係 |
| 2026-11-04 | 不明 | C→C |
農林水産省の伝統食の紹介ページは、江戸時代の松前藩が発祥とされると書き、1937年に函館山形屋の初代社長海藤政雄が初めて商品化したとも書く。どちらも根拠の史料は示されていない。1937年の商品化は1940年の記録と矛盾しないが、同時代の記録では確かめていない。 出典:
農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」松前漬け 重み3
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研磨係 |
| 2026-11-04 | 支持 | B→B |
いま食べられていることの確認: 農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」松前漬けのページ(2026-11-04 確認)が、松前町では今も複数の製造業者が製造・販売していると書いている。 出典:
農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」松前漬け 重み3
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研磨係 |
構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。「成立史は準備中」の素材はまだページがありません。
- 素材スルメ成立史は準備中
- 素材昆布成立史は準備中
- 素材数の子成立史は準備中
- 素材醤油(日本)日本