とんかつや串カツに甘い味噌だれをかけて食べる味噌カツは、名古屋めしの一つである。戦後の名古屋の屋台で、どて鍋に串カツを浸したのが始まりと言われるが、三重県津市の洋食店や岐阜にも、ここで生まれたという話がある。
検証ハイライト 俗説 → 判定 → 根拠
- 主な説
- 第二次世界大戦の後、名古屋の屋台で、どて鍋に串カツを浸して食べたのが味噌カツの始まりとする説。名古屋の矢場とんは昭和22年(1947)の創業で、…
- 判定
- 諸説あり(対立説を併記)
- 主な根拠
- 支持株式会社矢場とん 公式サイト「名古屋名物みそかつ 矢場とん」トップページ(日付の記載なし・2026-10-31 閲覧)重み2 支持マイナビニュース 大竹敏之「名古屋メシ、パクリ疑惑の真相は!? 発祥地(仮)・三重県津市に行ってみた」2017年6月1日重み2
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 豚肉(明治の肉食解禁の後に食用として出回る)、味噌、パン粉
- 調理技術ゲート
- パン粉をつけて揚げるカツレツの揚げ方と、甘い味噌だれを作ってかける(または串カツを浸す)手順
- 場ゲート
- 名古屋の屋台で出されたと伝えられ、いまは専門店や食堂で名古屋めしの一つとして出される
検証メモ: とんかつや串カツに、甘く煮つめた味噌だれをかけたり、たれに浸したりして食べる。名古屋めしの定番。名古屋の矢場とんは昭和22年(1947)の創業で、その年から続くみそだれをうたう。三重県津市や岐阜にも、ここで生まれたとする話がある。
起源説
諸説併記
★主 戦後の名古屋で、屋台のどて鍋に串カツを浸して食べたのが始まり C
第二次世界大戦の後、名古屋の屋台で、どて鍋に串カツを浸して食べたのが味噌カツの始まりとする説。名古屋の矢場とんは昭和22年(1947)の創業で、『昭和22年から続く秘伝のみそだれ』とうたう。説を伝える記事は『と言われている』という伝聞で書き、戦後まもない時期の新聞や店の記録を挙げていない。
未確定
三重県津市の洋食店カトレアが1965年に考案した C
津市の洋食店カトレアのメニューに、1965年に考案して当店で生まれたのが味噌カツだと書かれており、ここから『味噌カツは津が発祥で、名古屋めしは真似だ』と語られることがある。ただし店主は元祖とはうたっていないと話し、名古屋市内には矢場とんなどカトレアより古くから続く店が何軒もある。説を伝える記事は、どちらの店が先に味噌カツを出したかを示す当時の記録を挙げていない。
岐阜で生まれたとする説 C
味噌カツは岐阜で生まれたとする説もあると伝えられる。説を伝える記事は、店の名前や年を挙げていない。とんかつが広まるにつれて東海地方のあちこちで考え出されたと見るのが無理がない、という見方もある。
解説
味噌カツは、とんかつや串カツに、甘い味噌だれをかけたり、たれに浸したりして食べる料理である。名古屋に根づいた、とんかつの食べ方の一つである。
主役の豚肉は、明治に肉食が解かれたあと、食用として出回るようになった。たれのもとになる味噌は、古くから日本の台所にあった調味料である。衣にはパン粉を使う。
カツはパン粉をつけて油で揚げる、カツレツの揚げ方で作る。揚がったカツには味噌だれをかけ、串カツならたれに浸して食べる。名古屋の屋台で出されたのが始まりと伝えられ、いまは専門店や食堂で、名古屋めしの一つとして出されている。
検証ストーリー
名古屋で語られる始まりは、戦後の屋台である。屋台のどて鍋に串カツを浸して食べたのが味噌カツの始まりだといい、2017年のウェブ記事も、この話を「と言われている」という伝聞の形で紹介している。その記事は、戦後まもないころに書かれた記録を挙げてはいない。名古屋の味噌カツ店・矢場とんは、店の伝えるところでは昭和22年(1947)の創業で、「昭和22年から続く秘伝のみそだれ」をうたっている。
一方で、味噌カツは三重県津市が発祥で、名古屋めしのほうが真似だ、と語られることもある。津市の洋食店カトレアのメニューに、1965年に考案して当店で生まれたのが味噌カツだと書かれているからだ。ただ、カトレアの店主は元祖をうたってはいないと話している。名古屋市内には、矢場とんをはじめ、カトレアより古くからあって、いま味噌カツを出している店が何軒もある。とはいえ、店が古いことと、その店がいつから味噌カツを出していたかは別の事柄で、どちらが先に味噌カツを出したかは、店の古さからは決まらない。
岐阜で生まれたという説もある。同じ2017年の記事がこの説に触れているが、店の名前も年も挙げていない。記事の筆者は、とんかつが広く食べられるようになるにつれて、東海地方のあちこちで味噌カツが考え出されたと見るほうが無理がない、としている。
名古屋の屋台、津の洋食店、岐阜と、味噌カツの始まりの話は東海のいくつかの土地に分かれて語られている。名古屋・大須の矢場とん矢場町本店は、いまも「名古屋名物みそかつ」を名乗って店を開けている。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-10-31 | 支持 | C→C |
いま食べられていることの確認: 株式会社矢場とんの公式サイト(2026-10-31閲覧)は『名古屋名物みそかつ 矢場とん』を名乗り、名古屋市中区大須3-6-18の矢場町本店を営業時間11:00〜21:00・定休日なしとして載せ、お持ち帰りの人気お取り寄せに『みそかつ丼』を挙げる
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | C→C |
マイナビニュースの記事(2017年)は、名古屋の味噌カツは戦後の屋台のどて鍋に串カツを浸して食べたのが始まりと『言われている』と伝聞で書く。当時の記録は挙げていない
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 不明 | C→C |
津市のカトレアのメニューは1965年に考案されて当店で生まれたのが味噌カツと書くが、記事によれば店主は元祖とはうたっていないと話す。記事は、矢場とんなどカトレアより古い店が名古屋市内に何軒もあると書く。どちらが先に味噌カツを出したかを示す当時の記録は見ていないので、説の当否は決められない
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 不明 | C→C |
マイナビニュースの記事は岐阜発祥説もあると触れるだけで、店や年を挙げない。筆者は、とんかつが一般的になるにつれ東海地方のあちこちで考案されたと見るのが無理がないとする
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | C→C |
場ゲートの出どころを確かめ直した: マイナビニュースの記事(2017年)は、名古屋の味噌カツの始まりを戦後の屋台のどて鍋に串カツを浸して食べたことと伝聞で書き、食堂の話は出てこない。矢場とんの公式サイトは由来を書かない。始まりの場として出典が支えるのは屋台だけ
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研磨係 |
構成素材
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- 素材豚肉
- 素材パン粉成立史は準備中
- 素材味噌成立史は準備中