食文化圏 / 南アジア
西インド料理の成立史
南アジアの食文化圏「西インド」に属する料理 3 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1510 年〜最新 1960 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 3
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ヴィンダルー
インド・ゴア 1510–1600
時C説C
ヴィンダルーは、ポルトガル人が持ち込んだ「肉のワイン酢・ニンニク漬け」が、インドのゴアで土着の料理へと姿を変えたものだ。激辛の代名詞のように語られるが、その辛さを生む唐辛子は新大陸生まれで、ポルトガルの航路がゴアへ運ぶまで、この地には存在しなかった。
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ドークラ
グジャラート(西インド) 1520–1600
時B説B
ドークラは、ヒヨコ豆の粉(ベサン)を発酵させて蒸し上げる、西インド・グジャラートのふんわりした塩味の蒸し菓子である。蒸した見た目から南インドの料理と紹介されることもあるが、その名も前身も、たどればいずれもグジャラートを指している。
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ヴァダパオ
ムンバイ 1960–1975
時B説C
ムンバイの働き手の腹を支える街頭の軽食、ヴァダパオ。ジャガイモ、唐辛子、そして白パンのパオ——ポルトガルが運んできた食材の上に立つ、近代の発明である。1966年、ダダル駅前の屋台主アショク・ヴァイディヤが考案したという話が最有力だが、最初の一人は確定していない。