食文化圏 / 南アジア
パキスタン料理の成立史
南アジアの食文化圏「パキスタン」に属する料理 10 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏は拡充中です。掲載はまだ一部で、これから料理を追加していきます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1500 年〜最新 1900 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 0 外来 2
所属する料理 10
-
定番 シークカバブ
パキスタン(ラホール) 1500–1900
時C説C
金串に挽肉を巻いて炭火であぶるシークカバブは、ムガル皇帝の宮廷が生み出したとよく語られる。だがムガル朝が興るより前、中インドのスルターンのために編まれた料理書に、すでに「シーク・カバーブ」の語と、挽肉を串に留めて焼く製法が書き留められている。
-
定番 シャミカバブ
パキスタン(ラホール) 1600–1900
時C説C
肉を失った老ナワーブのために宮廷が編み出した——という有名な誕生譚は、シャミカバブのものではない。それは別のカバブに付いていた逸話の取り違えである。
-
パヤ
パキスタン(ラホール) 1500–1800
時C説D
パヤを『ムガル宮廷の料理人が考案した一品』と語る発祥譚は、王侯の権威にあやかった作り話で、この脚の煮込みははるかに古く広い伝統の南アジア版である。
-
チャナチャート
パキスタン 1650–1900
時C説C
シャー・ジャハーンの侍医が、川の水あたりを防ぐために考えついた――チャナチャートには、そんな宮廷起源の物語が付いて回る。だが甘酸っぱく辛いこのひよこ豆の屋台料理は、後期ムガル期の北インドの街頭で育った「チャート」という一族の一員である。
-
サジ
パキスタン(バローチスタン) 1700–1900
時C説C
羊や鶏を塩だけで串に刺し、炎で炙る——パキスタン・バローチスタンのサジ。誰がいつ始めたのかは史料に残らないが、この料理を支える羊牧畜の下地は、新石器時代の遺跡にまでさかのぼる土地の古層である。
-
アルーキーマ
パキスタン(ラホール) 1800–?
時C説B
挽き肉(キーマ)の系譜はムガル宮廷の記録にまで遡るのに、じゃがいもと合わさった今の姿は近代の家庭料理――アルーキーマは、古い血筋と新しい素材がひと皿で出会った料理である。
-
ハルワ・プリ
パキスタン(ラホール) 1800–1950
時C説D
揚げパンのプリ、甘いスージーハルワ、ひよこ豆のカレー。ムガルの宮廷が生んだとも、ある名店が発明したともいわれるこの朝食は、しかしどちらの逸話も一次史料の裏づけを欠く。古いのは一皿の中身であって、それを一皿に束ねた朝食が生まれたのは、ずっと後の街の物語だった。
-
チャプリ・カバブ
パキスタン(ペシャワール) 1850–1950
時C説C
ペシャワール生まれの平たい肉のカバブ。アクバル帝の宮廷に起源を持つと語られることがあるが、その由緒はムガルの一次史料に裏切られている。
-
カラヒ
パキスタン(ラホール) 1900–1980
時B説C
厚手の鉄鍋カラヒで肉とトマトを強火で一気に仕上げる、パキスタンの食堂を代表する一皿。鉄鍋の名は古い言葉だが、いまのチキン・カラヒやゴーシュト・カラヒが名物として広まったのは二十世紀のことで、どの土地で生まれたかは今も二つの見方が並んでいる。
-
シンディ・ビリヤニ
パキスタン(シンド) 1900–1960
時C説C
羊肉とバスマティ米を層に重ねて蒸し炊くパキスタン・シンド州のビリヤニ。ジャガイモと乾いたプラムの酸味、そして激しい辛さが、この一皿を他と分ける。