食文化圏 / 南アジア
南インド料理の成立史
南アジアの食文化圏「南インド」に属する料理 5 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 900 年〜最新 1900 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 5
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イドリー
南インド 900–1200
時C説C
南インドのイドリーは、米とウラドダル(ケツルアズキ)を発酵させた生地を蒸した、白くふくらんだ餅である。いつ・どこでいまの姿になったのかには諸説あり、しかも最も古い記録に出てくる同じ名の食べものは、今日のイドリーとはずいぶん違う姿をしていた。
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ドーサ
南インド(タミル・カルナータカ) 1000–1600
時B説C
南インドのドーサは、タミルとカルナータカのどちらに発するかが学術的に決着していない。米とウラド豆の発酵生地という核は中世にまで遡るが、地域起源は今も諸説のままだ。
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ラッサム
南インド(タミル地方) 1500–1700
時C説C
南インドの酸味スープ・ラッサムは、唐辛子で辛いものと思われがちだが、古典の姿は黒胡椒とタマリンドの酸辛い汁だった。唐辛子は後から加わった新参で、料理の下限を決めてはいない。
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ハリーム
ハイデラバード(デカン) 1600–1900
時C説C
ハイデラバードがラマダンの夜に味わう、小麦と肉を練り崩した濃厚な煮込み。中世アラブの料理が、イエメンから渡ってきた人々の手で、デカン高原の香辛料をまとった独自の一品になった。
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ウプマ
南インド 1900–1950
時B説C
南インドの定番軽食ウプマ。いまの主流であるセモリナのウプマは、第二次大戦期の米不足のなか、英当局が米の代わりに小麦を勧めた結果として20世紀に広まった、比較的新しい形である。