ものがたり / 食材前夜
石灰でひらくトウモロコシ ―― 新大陸のマサ料理が生まれ、海を渡って『古来の主食』になるまで
タマレもププサもポソレも、トウモロコシを蒸したり煮たりした、いかにも太古から続く土地の味に見える。だが、この穀物を食べものに変えたのは、石灰を溶かした湯で煮るというひと手間だった。そしてトウモロコシが海を渡った先では、新大陸生まれのこの粒でできた粥が『古来アフリカの主食』の顔で食卓に並び、どの一皿が誰の発祥かをめぐるお国自慢は、いまも決着していない。
トウモロコシは、およそ九千年前にメキシコ中部のバルサス川流域で栽培化された、新大陸に古くから根づいた在来作物である(Piperno 2009)。ただし、生の粒はそのまま挽いても粘る生地にはならない。石灰(アルカリ)を溶かした湯でトウモロコシを煮ると、硬い皮がむけて粒がやわらぎ、挽けばよくまとまる生地=マサになる。この処理はニシュタマリゼーションと呼ばれ、前一五〇〇〜一二〇〇年ごろ、いまのグアテマラ太平洋岸で現れた(Sophie D. Coe 1994)。石灰でひらいたトウモロコシの生地が、蒸し料理や焼き料理の下地になっていく。
この生地を木の葉やトウモロコシの皮で包んで蒸したのがタマレである。グアテマラのサン・バルトロ壁画(およそ紀元前後)にマヤのタマレが描かれ、十六世紀のサアグン『フィレンツェ写本』は四十種を超えるタマレと祭礼での供物利用を記録する。先コロンブス期の供物・携行食として古くからあったことは、図像・考古の残渣・当時の記録・技術の下限が交差して、ほぼ確実といってよい。同じ石灰処理の生地を厚い円盤に成形し、具を挟んで焼いたのがププサで、現在のエルサルバドルにあるホヤ・デ・セレン遺跡(およそ紀元六〇〇年に火山灰で埋もれたマヤ系の村)から、焼成板コマルとマサの痕跡が出土している。石灰処理した粒トウモロコシ(ホミニー)を長時間煮込む祭祀の料理が、のちのポソレにつながった。
石灰処理を経ない系統もある。アンデス北部、いまのコロンビアやベネズエラの先住民は、トウモロコシを石臼で挽き、素焼きの板ブダレで円盤に焼いた。これがアレパで、ベネズエラのオリノコ川流域では約二千八百年前まで遡る(Roosevelt 1980)。トウモロコシはこの土地に古くから根づいた在来の穀物であり、タマレもププサもアレパも、いずれもその在来の粒を土台にした先住民の食であった。
交換は一方通行ではなかった。ポソレのいまの姿は豚肉の煮込みだが、豚は旧大陸の家畜で、コルテスの遠征(一五一九〜二一年)とともにメキシコへ渡ってきた。豚が来る前の儀礼のポソレは、七面鳥や犬など在来の肉で、あるいは捕虜の肉を用いた変種だったとする記録もあり、その肉の正体をめぐっては、生態学的なタンパク源説を唱える Marvin Harris と、それを計量的に退ける Ortiz de Montellano とが対立したまま決着していない。いずれにせよ、豚肉のポソレは征服のあとにしか成り立たない。逆向きに、トウモロコシは大西洋を東へ渡った。ポルトガルの交易船がこの穀物をアフリカへ運び、西アフリカにはおよそ一五五〇年、東アフリカには一六三四年ごろ、南部アフリカには一六五五年ごろに届いている(Miracle 1965)。
東アフリカでは、もともとソルガムやミレット(雑穀)を挽いて練り固めた粥が主食だった。そこへ収量にまさるトウモロコシが入り込み、しだいに雑穀を置き換えていく。こうしてトウモロコシの練り粥ウガリが広まった。探検家バートンは一八六〇年に、『住民の食はたいていウガリ、ミレットまたはトウモロコシの粉を煮た厚い粥で、東アフリカの主食だ』と書きとめている(Burton 1860)——「ミレットまたはトウモロコシ」という並記は、この時点でもトウモロコシがまだ雑穀を置き換えきっていなかったことを示している。南部アフリカでも同じことが起き、在来の雑穀粥の技法がそのままトウモロコシに移されて、現行のパップになった。
ウガリやパップは、しばしば『太古から続くアフリカ土着の料理』として語られる。粥という料理そのものが古いのは事実だが、その主役であるトウモロコシは新大陸の作物で、アフリカに届いたのは早くて十六世紀である。粥の伝統の古さと、トウモロコシの粥という現行の姿の新しさは、別の時計で測らねばならない。Miracle(1965)や McCann(2005)といった食物史の研究は、雑穀粥が先にあり、そこへトウモロコシが後から入って置き換わっていった順序を実証している。同じように、アレパをめぐるコロンビアとベネズエラの『どちらが本家か』という言い分も、ププサをめぐるエルサルバドルとホンジュラスの争いも、決定的な最古の証拠を欠いたお国自慢であって、史料の上では決着がつかない。
トウモロコシ自体は、新大陸でもっとも古い作物のひとつである。だが、その粒からできた料理には、実際より古い由緒や、一国だけの発明という物語がまとわりつく。石灰でトウモロコシをひらく技が生まれ、マサの料理が育ち、大西洋を渡った穀物が旧世界の粥に化けていった——その順番をたどるほうが、太古を騙る物語よりも、ずっと確かで面白い。