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支那風煮 時期 C起源説 B検証済

確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→

日本 ・ 遅くとも昭和10年(1935)には家庭向けの献立に名が見える。それより前にいつから作られていたかは史料で切れない ・ 成立年代 〜1935 ・ 食材 魚

記章(DB由来の作図・装飾/監修・認証ではない)|起源説確度B・検証済B記章(DB由来の作図・装飾)

支那風煮は、昭和の戦前から戦時にかけて家庭向けの献立や料理書に出てくる、中国風に仕立てた煮物の呼び名である。献立によって豚肉と筍だったり、鯖だったり、魚と野菜だったりして決まった素材を持たず、昭和10年(1935)の献立に名が見えるが、誰がいつ作り始めたのかは分かっていない。

3ゲート

食材入手ゲート
豚肉・鳥のもつ・魚などと、葱・椎茸・筍・人参・玉ねぎなどの野菜。主な素材は献立ごとに違い、決まった素材に縛られない
調理技術ゲート
素材を油で炒めてから煮、片栗粉や水溶きの小麦粉でとろみを付ける(1937年・1943年の例)
場ゲート
昭和戦前から戦時の家庭向けの献立・料理書、栄養食や療養食の献立、農村の共同炊事の献立に載る

成立年代と成立ゲート

食材(魚)は在来で、到来による制約がない。下限の縦線は無く、帯は成立年代を示す。

成立年代と成立ゲート成立 〜193519191943

検証メモ: 昭和戦前から戦時の家庭向けの献立や料理書に『支那風煮』(中国風の煮物)の名で載る煮物。昭和10年(1935)の献立では豚肉・葱・椎茸・筍、昭和12年(1937)の魚介料理の本では鯖と葱に片栗粉、昭和18年(1943)の農村の共同炊事の献立では魚と人参・玉ねぎ・さやいんげんを油で炒めて煮、甘酢の味でとろみを付ける。主な素材は決まっていない。

起源説

未確定

★主 昭和戦前の家庭向けの献立や料理書が「支那風煮」の名で載せた(始まりは未特定) B

知られている最も古い例は、昭和10年(1935)11月の雑誌『糧友』の献立で、新嘗祭の日の品に豚肉・葱・椎茸・筍の「支那風煮」が載る(本文の抜粋で読んだもので、頁の画像は見ていない)。昭和12年(1937)の一戸伊勢子編『魚介料理』には鯖・葱・片栗粉の「鯖の支那風煮」があり、昭和18年(1943)5月の静岡県の農繁期の共同炊事の献立では、魚と人参・玉ねぎ・さやいんげんを油で炒めて煮、砂糖・醤油・塩・少量の酢で味を付け、水溶きの小麦粉でとろみを付ける。主な素材は豚肉・鳥のもつ・魚・野菜と献立ごとに違い、名前の『支那風』は中国風の意味。誰がいつ作り始めたかを語る史料は見つかっておらず、発祥の言い伝えも無い

解説

炒めて煮て、とろみでまとめる

昭和18年(1943)5月、静岡県の産業組合の連合会が『戦時農繁期栄養食共同炊事献立』という献立集を出した。農作業の忙しい時期に、村の食事をまとめて炊くための献立である。その「南瓜の煮付と支那風煮」の見出しのもとに、支那風煮の作り方が次のように書かれている。

「魚、人參、玉葱、さやいんげんを適宜に切り油で炒め水をさして煮、砂糖、醤油、鹽、少量の酢を入れ味付、最後にメリケン粉の水どきを入れ、どろりとさせる。」

切った材料をまず油で炒め、水を差して煮る。砂糖と醤油と塩に少しの酢を加えて甘酸っぱく味を付け、最後にメリケン粉(小麦粉)を水で溶いて入れ、汁をどろりとさせる。この献立の魚と野菜の煮物については、魚と野菜の支那風煮で詳しく紹介している。

献立ごとに替わる中身

名にある「支那風」は、当時の日本語で中国風を指した言い方である。支那風煮は特定の素材の料理の名ではなく、中国風に仕立てた煮物を指す呼び名として使われていた。鍋に入るものは献立ごとに違い、豚肉に葱・椎茸・筍を合わせたものや、鯖と葱に片栗粉を使うものも見える。静岡県の献立では、それが魚と人参・玉ねぎ・さやいんげんになる。

この呼び名が出てくる場も一つではない。家庭向けの献立や料理書のほか、栄養食や療養食の献立、戦時の農村の共同炊事の献立にも、支那風煮の名が載っている。

検証ストーリー

昭和10年(1935)11月の雑誌『糧友』の献立には、新嘗祭の日の品として、豚肉・葱・椎茸・筍の「支那風煮」が見える。この名の煮物が献立に出てくる例としては、いま知られているなかでこれがいちばん古い。

その後も、名の前に付く素材は替わっていく。翌年の同じ雑誌には鳥のもつと野菜の支那風煮が見え、昭和12年(1937)の一戸伊勢子編『魚介料理』には、中くらいの鯖一尾に葱一本と片栗粉を使う「鯖の支那風煮」が見える。どの素材にも同じ呼び名が付き、「中国風の煮物」という以上の決まりは名前からは読み取れない。

戦時の昭和18年(1943)には、静岡県の農村で農繁期の共同炊事の鍋にも、魚と野菜の支那風煮が入っていた。

それより前のことは分かっていない。誰がいつ、この呼び名で煮物を作り始めたのかを語る記録は見つかっておらず、発祥の言い伝えも残っていない。

検証ログ 追記専用の監査証跡

日付結果確度主張 / 出典更新者
2026-10-21 支持 C→B
昭和18年(1943)5月の静岡県の農繁期共同炊事の献立に「支那風煮」があり、魚・人参・玉ねぎ・さやいんげんを油で炒めて煮、砂糖・醤油・塩・少量の酢で味を付け、水溶きの小麦粉でとろみを付ける。作り方まで頁の画像で確かめた例
研磨係
2026-10-21 支持 B→B
昭和10年(1935)11月の雑誌『糧友』の献立に、新嘗祭の日の品として豚肉・葱・椎茸・筍の「支那風煮」が載る。名前の付いた品として確かめられた最も古い例(本文の抜粋による)
研磨係
2026-10-21 支持 B→B
昭和12年(1937)の魚介料理の本に、鯖・葱・片栗粉を使う「鯖の支那風煮」が載る。主な素材は献立ごとに違い、支那風煮は特定の素材の料理でなく中国風の煮物の呼び名として使われている
研磨係

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構成素材

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