食材から辿る / 取り合わせ

コイと寒天 取り合わせ 検証済

地域 日本 ・ 成立年代 〜1887

コイと寒天は、それだけでは一皿の形が決まらない食材の取り合わせです。 コイと寒天を合わせることが、いつ・どこで始まり、どう広まったかをまとめています。

遅くとも1887年(明治20年)までに日本で(始まりは未特定)

この取り合わせの素材 2

この取り合わせを成り立たせる素材の成立史へ。「成立史は準備中」の素材はまだページがありません。

起源説

未確定

★主 遅くとも1887年には献立の刺身で洗いにした鯉に寒天が添えられていた(始まりは未特定) B

明治20年(1887)1月の料理雑誌『庖丁鹽梅』第2号は、献立の二の膳の刺身の夏に、洗いにした鯉・寒天・山葵・煎酒の組を挙げる。明治27年(1894)の『明治節用大全』も、刺身の秋に、洗いにした鯉とその煎り皮・色寒天・川茸の細切り・塩をしたまくわ瓜の千切りを、煎酒と砂糖蜜で出す組を挙げ、この組は明治28年(1895)の『実用料理法』、明治41年(1908)の『家庭料理法』、瓜を胡瓜に替えた大正元年(1912)の『割烹学』に同じ並びで写される。どれも献立に品が並ぶだけで、作り方の文も、どこの料理かも書かない。二つが一緒に使われ始めた時期と、誰が始めたかを示す史料は見つかっていない。

この取り合わせを使った名前のない料理 2

名前が付いていない料理の、史料に現れた例。同じ作り方は一つにまとめています。

日本

  • 洗い鯉・寒天・まくわ瓜の刺身主な素材はコイと寒天とマクワウリ。調理は生魚の切り身技法(庖丁式)、調味は砂糖。1894〜1909年の史料に現れる。
  • 洗い鯉・寒天・胡瓜の刺身主な素材はキュウリとコイと寒天。調理は生魚の切り身技法(庖丁式)、調味は砂糖。1912年の史料に現れる。

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