食材から辿る / 旧大陸
コーヒー豆 素材 時期 B検証済
コーヒー豆が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
15世紀中葉、イエメンで飲料として成立(自生地エチオピアは前史)
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 自生・移入栽培(Coffea arabica はエチオピア高原原産、イエメンへ移入し栽培=豆の入手)
- 調理技術ゲート
- 焙煎・煮出し(実を煎り湯に浸す飲用化)
- 場ゲート
- イエメンのスーフィー修道院での飲用成立(15世紀中葉)=発祥地の場ゲート
コーヒー豆はどこから広がったか
コーヒーの木(Coffea arabica)のふるさとは、エチオピア高原である。この一帯の森には野生のアラビカ種が今も自生し、遺伝的な故郷もここに定まる。ただし、木がその地に生えていたことと、その実を煎って湯に浸し「飲みもの」として楽しむ習慣が生まれたことは、別々の出来事である。コーヒーが飲料として姿を現すのは、紅海をはさんだ対岸のイエメンにおいてであった。自生地と飲用文化の発祥地が食い違うこの点が、コーヒーの歩みを読むうえで最初の勘どころになる。
イエメンで生まれた飲みもの
15世紀のなかば、イエメンのスーフィー(イスラームの修行者)の修道院で、コーヒーは夜の勤行の眠気ざましとして飲まれるようになった。エチオピアから紅海を越えて運ばれた実が、ここで栽培もされ、飲用の文化として根を下ろす。この時期の普及ぶりは、16世紀末にアブド・アル=カーディル・アル=ジャジーリーがまとめた記録(1587年)が、15世紀中葉のようすとして伝えている。飲みものとしてのコーヒーの歴史は、この山あいのイエメンから始まった(社会史家ラルフ・ハトックスの研究による)。
イスラーム都市へ広がる
イエメンから、コーヒーは交易の道をたどって北へ伝わっていく。16世紀の初め、1510年ごろにはエジプトのカイロに達した。1511年にメッカでコーヒーの是非をめぐる論争と一時の禁令が起きたことは、この飲みものがすでに広く親しまれていたことの裏返しでもある。ついで1554年、オスマン帝国の都イスタンブールに最初のコーヒーハウス(カフヴェ・ハーネ)が開かれ、コーヒーは都市の社交に欠かせない存在として定着していった。
地中海を越えてヨーロッパへ
ヨーロッパにコーヒーが届くのは、オスマン帝国との交易を通じてであった。1615年、ヴェネツィアの商人がオスマンとの取引でコーヒーをもたらし、これが西ヨーロッパへの最初の到来とされる。1645年ごろには、この町に西ヨーロッパで初めてのコーヒーハウスが生まれた。イングランドへは、地中海東岸のレヴァント交易に乗って17世紀なかばに達する。1650年にオックスフォード、1652年にはロンドンでパスクア・ロゼの店がコーヒーハウスを開き、これらの店はやがて商談や議論のにぎわう場になっていった(ブリタニカのコーヒー史による)。
飲みものから、栽培作物へ
ここまでは、飲みものとしてのコーヒーが西へ広がる歩みだった。18世紀に入ると、話はもう一つの筋——どこでその実を育てるか、という栽培の広がりへ移る。長らくコーヒーの栽培はイエメンにほぼ握られていたが、オランダ東インド会社がイエメンから苗を運び、植民地のジャワ島で栽培を試みた。1696年の最初の試みは失敗したものの、1699年には根づき、1719年までに「ジャワ・コーヒー」としてヨーロッパへ供給されるようになる。これが、植民地の大農園でコーヒーを育てる時代の起点となった。
さらに1727年、フランシスコ・デ・メロ・パリェタが仏領ギアナから苗をブラジルへ持ち込み、北部のパラ州で栽培を始めた。この一握りの苗が、やがて19世紀半ばには世界のコーヒーのおよそ45%を産する大産地へと育っていく。エチオピアの森の野生の木は、飲用の発祥地イエメンを経て、こうして地球を半周し、大西洋の向こうの大農園でまで実るようになったのである。
各地への伝来 9
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 1400〜1500頃 イエメン 交易路在地栽培
- 1490〜1511頃 アラビア半島 交易路
- 1500〜1520頃 エジプト 交易路
- 1554〜1555頃 アナトリア 交易路
- 1615〜1645頃 ヴェネト 交易路
- 1650〜1652頃 イングランド 交易路
- 1696〜1719頃 ジャワ 植民地交易在地栽培
- 1727頃 ブラジル 植民地交易在地栽培
- 時期不明 エチオピア高原 在来
コーヒー豆の到来が成立を縛った料理 2
コーヒー豆が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
コーヒー豆を使う料理 2
- エスプレッソ/カプチーノ イタリア1901年ごろ
- フラットホワイト オーストラリア/ニュージーランド1980年ごろ