食材から辿る / 在来
黒糖 素材 時期 C検証済
黒糖が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
1623年(琉球・儀間真常が福州へ人を遣わし製糖法を学ばせたとの伝承=官撰史書『球陽』1743-45編纂系の後代記述)〜元禄年間1688-1698(奄美大島で史料に裏付けられる製糖開始)。日本語圏の『黒糖』生産の成立窓
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 原料はサトウキビ搾汁のみ(他の糖類を加えない=含蜜糖としての黒糖の定義。農林水産省)。琉球弧で栽培される在来的原料で外来律速食材はなく、律速は原料側でなく製糖技術側にある
- 調理技術ゲート
- 含蜜糖の製糖法=搾汁を濾し水酸化カルシウム(石灰)でアク抜き→直火窯で煮詰め→冷却して固化(農林水産省)。遠心分離で糖蜜を分ける分蜜(精製糖)を行わない点が分岐
- 場ゲート
- 琉球王府の采地村落と、薩摩藩支配下の奄美諸島。王府・藩の貢糖/専売政策が島嶼産業として定着させた(奄美では元禄8年に黍検者、元禄10年に黍横目を設置)
各地への伝来 3
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 1623頃 沖縄 交易路加工
- 1690〜1698頃 鹿児島 交易路加工
- 時期不明 ネパール 在来
黒糖の到来が成立を縛った料理 1
黒糖が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- ラフテー 日本・沖縄1623年ごろ