食材から辿る / 旧大陸
豚レバー 素材 時期 B検証済
豚レバーが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
家畜豚を屠った時点で得られる可食内臓。入手=家畜化と同時なので成立下限は豚の家畜化年に一致し、近東・南東アナトリア(チャヨヌ・テペシ等)で前9500〜6500年に飼養が進み前8500年ごろ家畜化が明瞭化(Price & Hongo 2020)、東アジア黄河流域で前6600年ごろ独立に家畜化(Wang et al. 2017)=二重家畜化。文献上の確実な初出年は後77年ごろのローマ、大プリニウス『博物誌』VIII.209 が「雌豚の肝をガチョウ同様に乾燥イチジクで肥大させる技法はマルクス・アピキウスの発明」と記し、豚レバーが技法を伴う高級食材として確立していたことを示す。Apicius『De Re Coquinaria』VII.III「IN FICATO」は豚肝の調理法(ワインソース/網脂に包んで焼く/肝にイチジクを刺す)を残す。この ficatum(イチジク肥育の肝)が語としてラテン語 iecur(肝)を置き換え、仏 foie・伊 fegato・西 hígado の語源となった。屠殺のたびに得られる内臓の食用は先史から続くが、軟組織は考古学的に痕跡を残さず文献も欠くため確実なのは初出年のみ
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 家畜豚(Sus scrofa domesticus)の入手。肝は屠殺と同時に得られる部位なので、食材ゲートは豚そのものの家畜化に還元される=近東アナトリアで前8500年ごろ、中国黄河流域で前6600年ごろ(食材ゲート台帳: 豚レバー@アナトリア -8500/@中国 -6600/@西欧 -6000)。外来到来の律速はなく在来
- 調理技術ゲート
- 火による加熱(焼く・煮る)と、内臓は腐敗が速いため屠殺後ただちに調理する即時消費。いずれも狩猟段階から在り自明
- 場ゲート
- 屠殺の場=農家・家庭(保存が効かないため屠畜者の手元で消費される)。入手=食用と同時に成立し場ゲートは退化。ローマ期には ficatum として富裕層の饗宴食にも入り(Pliny VIII.209・Apicius VII.III)、階層を越えて食べられた
各地への伝来 3
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前9500〜前8000頃 アナトリア 在来
- 前6600〜前5000頃 中国 在来
- 前6000頃 西欧 在来
豚レバーを使う料理 1
- メヌード(フィリピン) フィリピン1571年ごろ