食材から辿る / その他・調査中
糖蜜 素材 時期 C検証済
糖蜜が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
インドで結晶糖(砂糖 #616)の製法が成立した5世紀ごろ、その分蜜工程の副産物として随伴的に成立。代表値450年・確認窓350〜500(Watson 1983)。文献初出は英語 molasses が1582年(Lichefield 訳 Castanheda・ただし初出時の語義はヤシ樹液の糖蜜)、甘蔗の分蜜副産物としての一次記述は1657年 Ligon のバルバドス製糖所記録。近世大西洋のプランテーション複合(西インド諸島1640年代〜)で国際商品化し、日本では和三盆の押し槽分蜜(18世紀末)で国産化
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 原料=サトウキビの搾汁を煮詰めた濃縮糖液。サトウキビの栽培化はニューギニア前4000年(前史)、インドで結晶糖の原料になる。原料側は在来・非律速で、砂糖と同じ入手条件に乗る(食材ゲート台帳: 砂糖@インド=450年・幅350–500)
- 調理技術ゲート
- 分蜜。煮詰めた糖液からショ糖結晶を析出させ、結晶と母液(非結晶部分)を分離する工程で、その残液が糖蜜。分離手段は時代と地域で変わるが原理は同一=逆円錐型の糖ポットの底孔から重力で一月かけて滴下(Ligon 1657 バルバドス)/覆土法(clayed sugar・土を被せて蜜を落とす)/加圧(日本の和三盆は白下糖を押し槽で梃子加圧し研ぎと押しを3〜5回反復)/遠心分離機(1864年発明)。この工程を持たない含蜜糖(黒糖・ジャガリー)は蜜を分離せず結晶と一緒に固めるため糖蜜は生じない。したがって糖蜜の成立下限は結晶糖の製法成立(インド5世紀ごろ)に一致する
- 場ゲート
- 製糖の作業場で、主産物の結晶糖を採ったあとに残る低価値の残渣として発生する(分蜜糖工場の排出順はバガス→フィルターケーキ→最後に糖蜜)。当初は在地の飼料・肥料・発酵原料や下層向けの甘味に回る副産物にとどまり、独立した交易商品になるのは近世大西洋のプランテーション複合以降=西インド諸島の製糖所(1640年代〜/食材ゲート台帳: 糖蜜@西インド諸島=1650年・幅1640–1657)で出た糖蜜がラム蒸留の原料となり、ニューイングランドへ輸出されて蒸留業と三角貿易を支え(糖蜜法1733/食材ゲート台帳: 糖蜜@ニューイングランド=1750年・幅1650–1750)、糖蜜は初めて国際商品になった。日本では和三盆の押し槽分蜜(讃岐・阿波。1798年に和三盆が大坂中央市場へ登場/食材ゲート台帳: 糖蜜@日本=1798年)で国産の糖蜜が生じる
各地への伝来 4
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 350〜500頃 インド 技術発明加工
- 1640〜1657頃 西インド諸島 植民地交易加工
- 1650〜1750頃 ニューイングランド 植民地交易
- 1715〜1798頃 日本 技術発明加工
糖蜜の到来が成立を縛った料理 1
糖蜜が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- ベイクドビーンズ 米国ニューイングランド1750年ごろ