泥鰌を味噌汁で煮る泥鰌汁は、寛文4年(1664年)版の料理書『料理物語』に「どぜう汁」の題で作り方が載る古い汁である。誰が作り始めたかは分からないが、明治の料理書では、ささがき牛蒡を入れて煮る惣菜の汁として同じ名で繰り返し現れる。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 泥鰌と味噌(寛文4年版『料理物語』は中みそにだしを加え、つまに牛蒡・大根などを挙げる)。明治の料理書は赤味噌とささがき牛蒡を決まりの組み合わせとする
- 調理技術ゲート
- 味噌汁で泥鰌を煮る。『料理物語』は中みそにだしを加えてよく煮て、どぶを差す。明治35年(1902)『実用料理教本』は、ささがき牛蒡を汁に入れてよく煮て、煮えたころに泥鰌を入れる
- 場ゲート
- 明治35年(1902)『実用料理教本』は、惣菜にはこう作り、客をもてなすときは骨抜きの泥鰌にすると書く
成立年代と成立ゲート
主役食材は在来で、到来による制約がない。下限の縦線は無く、帯は成立年代を示す。
検証メモ: 泥鰌を味噌汁で煮た汁。寛文4年(1664)版『料理物語』の翻刻に「どぜう汁」の題で作り方が載り、明治の料理書は赤味噌の汁にささがき牛蒡と泥鰌を入れる作り方を「泥鰌汁」の名で載せる。
起源説
未確定
★主 遅くとも寛文4年(1664)版の『料理物語』に「どぜう汁」の名で載っていた(始まりは未特定) B
大正4年(1915)の『雑芸叢書』第一は、料理物語について前に慶長・寛永の二版があり、種目の最も多い寛文4年(1664)版を採ったと例言に書く。その翻刻の汁の部に「どぜう汁」の題で、中みそにだしを加えてよく煮て、どぶを差し、つまに牛蒡・大根などを入れる作り方が載る。頁の画像で確かめたのはこの翻刻で、寛文4年の本そのもの、慶長・寛永の版は見ていない。誰がいつ作り始めたかは分からない。明治の料理書は「泥鰌汁」の名で、赤味噌の汁にささがき牛蒡を入れて泥鰌を煮る作り方を載せる(明治27年『大捷利四季の惣菜』、明治35年『実用料理教本』、明治41年『和洋家庭料理法』)。
- 言及 大村忠二郎著『実用料理教本』三松堂ほか、明治35年(1902)6月、国立国会図書館デジタルコレクション PID 849050 コマ65 重み5
- 支持 国書刊行会編『雑芸叢書』第一(『料理物語』寛文4年版の翻刻を収める)国書刊行会、大正4年(1915)、国立国会図書館デジタルコレクション PID 1869566 コマ179 重み5
- 支持 国書刊行会編『雑芸叢書』第一、国書刊行会、大正4年(1915)、例言、国立国会図書館デジタルコレクション PID 1869566 コマ11 重み5
- 言及 久保田音次郎『大捷利四季の惣菜』明治27年(1894)12月、国立国会図書館デジタルコレクション PID 849097 コマ7 重み5
- 言及 家庭割烹実習会編『和洋家庭料理法』春江堂、明治41年(1908)10月、国立国会図書館デジタルコレクション PID 849180 コマ7 重み5
- 言及 『あふらかす』[寛永20年(1643)](刊年は国立国会図書館の推定)、国立国会図書館デジタルコレクション PID 2533387 コマ44 重み5
解説
寛文の料理書の作り方
泥鰌汁は、泥鰌を味噌汁で煮た汁である。寛文4年(1664年)版の『料理物語』は、汁の部に「どぜう汁」の題を立てている。中みそにだしを加えてよく煮て、「どぶをさしてよし」とあり、つまには牛蒡や大根、そのほか色々を入れる。長く炊くと味噌の味が悪くなるので、そうなったら新しい味噌を差して出すとよい、という注意まで添えてある。
明治の料理書のささがき牛蒡
明治の料理書では、名前が「泥鰌汁」と漢字で書かれる。明治27年(1894年)の『大捷利四季の惣菜』は、牛蒡をささがきにして味噌汁の中へ入れるとだけ書く。明治35年(1902年)の『実用料理教本』は赤味噌で仕立て、まずささがき牛蒡を汁に入れてよく煮て、煮えたころに泥鰌を入れる。明治41年(1908年)の『和洋家庭料理法』も、ささがき牛蒡とともに赤味噌汁にするよう書いている。『料理物語』ではつまの候補の一つだった牛蒡が、この三冊ではどれもささがきにして汁に入っている。
『実用料理教本』は備考で、惣菜にはこのように作るが、客をもてなすときは泥鰌を骨抜きにする、と書き分けている。大正14年(1925年)の『斬新美味惣菜料理顧問』では、味噌汁の部に骨抜きの泥鰌と笹がき牛蒡の汁が載り、白味噌と赤味噌を合わせて仕立てる。五人前で骨抜きどじょう二十五尾、牛蒡一本、合わせ味噌五十匁、煮出汁七合という分量である。
検証ストーリー
大正4年(1915年)、国書刊行会は『雑芸叢書』第一に『料理物語』を翻刻した。その例言には、この書には前に慶長と寛永の二つの版があり、ここでは種目の最も多い寛文4年版を採った、と書かれている。泥鰌汁の作り方は、この翻刻の汁の部に「どぜう汁」の題で載る。
それより前の慶長・寛永の版に同じ条があったかどうかは分からない。もし載っていれば、作り方が書き留められた年はさらにさかのぼる。
名前だけなら、寛文4年版より古いとみられる例がある。国立国会図書館が寛永20年(1643年)の刊行と推定している俳諧の本『あふらかす』に、「どぢやう汁」の語を詠み込んだ句がある。ただし句は汁の名を出すだけで、どう作った汁なのかは語らない。句の後半はくずし字の読みに迷いが残る。『あふらかす』の句ではどぢやう汁、『料理物語』ではどぜう汁、明治の料理書では泥鰌汁と、名前の書き方はそれぞれ違う。
誰がどこで泥鰌を味噌汁で煮始めたのかは分からない。分かっているのは、寛文4年版の『料理物語』に作り方が載り、明治の料理書ではささがき牛蒡を入れて煮る惣菜の汁として同じ名で並ぶようになっていたことである。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-10-09 | 支持 | —→— |
「骨抜きどじょう・笹がき牛蒡の味噌汁」が1925年の史料に現れる
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | C→B |
寛文4年(1664)版『料理物語』の翻刻(大正4年『雑芸叢書』第一)の汁の部に「どぜう汁」の題で作り方が載る。明治の料理書3冊(1894・1902・1908)が同じ名「泥鰌汁」で同じ作り方を載せるので、名前のある料理として立てた。この品の遅くともこの年までを、頁の画像で確かめたこの翻刻の底本の年1664年に置く。始まりは分からない
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | B→B |
『雑芸叢書』第一の例言は、料理物語には慶長・寛永の二版があり、種目の最も多い寛文4年版を採ったと書く。翻刻の底本の年をこれで確かめた
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | B→B |
国立国会図書館が寛永20年(1643)と推定する俳諧書『あふらかす』の句に「どぢやう汁」の語がある。名前だけで作り方が無いので、遅くともこの年までの年には使わず、名前のより古い例として記録する
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | B→B |
明治27年(1894)『大捷利四季の惣菜』に「泥鰌汁」の名で、ささがき牛蒡を味噌汁に入れる作り方が載る
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | B→B |
明治35年(1902)『実用料理教本』に「泥鰌汁」の作り方が載り、惣菜にはこう作り、客をもてなすときは骨抜きにすると書く
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 支持 | B→B |
明治41年(1908)『和洋家庭料理法』に「泥鰌汁の作り方」の題で、ささがき牛蒡と赤味噌汁にする作り方が載る
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | B→B |
OCRのみ。明治20年(1887)の雑誌『庖丁鹽梅』第4号の目次と本文に「泥鰌汁の拵やう」の題がある。この本は図書館・個人送信で、館外からは頁の画像が開けない(画像の取得が404)ので、文字起こしだけで見た。年は1664年の翻刻より新しく、遅くともこの年までの年には使わない。頁の画像で確かめた最も古い例は、寛文4年(1664)版『料理物語』の翻刻(『雑芸叢書』第一 コマ179)
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研磨係 |
| 2026-10-10 | 不明 | B→B |
前の記録で寛永20年(1643)の版を料理物語の初めの版と書いたが、『雑芸叢書』第一の例言は前に慶長・寛永の二版があったと書く。慶長の版も寛永の版も見ていないので、どちらが初めかはここでは言わない。どちらかに同じ条があれば、遅くともこの年までの年は早まりうる
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研磨係 |
構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。「成立史は準備中」の素材はまだページがありません。
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- 素材ゴボウ成立史は準備中
- 素材味噌成立史は準備中