これはずんだ餅の前史(古層)です。現行型を成立させた律速食材「砂糖」を欠く時代の祖型で、現行型とは別の時計で測ります。
検証ハイライト 俗説 → 判定 → 根拠
- 主な説
- 『ぢんた』は、青大豆(枝豆)をすりつぶして和え衣にしたもので、餅にまぶす菓子ではない。享保18年(1733)に仙台藩5代藩主吉村の料理番 橘川房…
- 判定
- 諸説あり(対立説を併記)
- 主な根拠
- 支持松下幸子・吉川誠次・川上行蔵「古典料理の研究(七):橘川房常著・料理集について」『千葉大学教育学部研究紀要』第30巻第2部, 1981年, 397-456頁 — 享保18年(1733)成立の仙台藩伊達家の料理書『料理集』の翻刻(底本=宮城県立図書館小西文庫本、東京国立博物館本と校異)。432頁「一 ぢんた茄子 小茄子皮をとり うすたれへさけを加へ に付に仕 よくにえ候節 わんへなりともゝもり 青大豆ぢんたを右に汁にて とろ〳〵とのべ懸申候 ぢんたへさとうを少加ひ申候」(原本 五十二オ)/同「一 和ものにはくるみ味そ・けしごま・からし・なんばん・せうが・みその内 青豆のぢんたあへにもよく候 湯に仕候よりは むし候て風味よく候」(原本 五十一ウ)。398頁の書誌的考察は、本書がいろは順に食品名を並べその料理法を記したもので享保18年に書かれ、序・後序に成立年月と著者名が記されること、著者房常の父 大江房利が仙台藩の料理人として綱村候に仕え、房常もその後を継いだのち吉村候により大番組へ取り立てられたことを述べる重み5 支持文芸委員会 編『俚謡集』国定教科書共同販売所、大正3年(1914)刊 — NDLデジタルコレクション PID951479 コマ165(山形県の項・本文281頁以降)。餅の種類を列挙して「餅は生餅にて、納豆餅、じんだん小豆餅、雜煮餅、胡桃餅、靑豆餅(大豆を水に浸し渫で上げて磨る之れをジンダンといふ)となし、數種並びつくる」と記し、すりつぶした青大豆そのものを「ジンダン」と呼ぶ用法を記録する。同コマは山形県の餅つきの習俗(蚕餅・刈上餅・田植餅)とそこで歌われる唄を載せる重み5
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 主役は青大豆(枝豆)で日本在来。砂糖は必須でなく、1733年の『ぢんた茄子』でも『ぢんたへさとうを少加ひ申候』と少量にとどまる(甘い餡として餅にまぶす形になって初めて砂糖が律速になる=そこから先は子の ずんだ餅 の話)。したがってこの古層に律速食材は無い
- 調理技術ゲート
- 特別な技術要件は無い。茹でた青大豆をすりこぎで叩き潰し、すり鉢ですりつぶして衣にするだけで成り立つ。1733年の用例では、その衣を煮汁でとろとろにのばして煮た茄子に懸ける
- 場ゲート
- 同時代史料で確認できるのは、藩主の料理番が子孫と世の人のために書いた武家の料理書という場である(『料理集』は序・後序に成立年月と著者名を持ち、著者房常の父 大江房利は仙台藩の料理人として綱村候に仕えた)。同じ和え衣が同時期の農村でも作られていたかは、この史料からは分からない。19世紀末以降は、すりつぶした青大豆そのものを指す『ジンダン』の語が土地の餅の名とともに記録される(1914年『俚謡集』)
成立年代と成立ゲート
主役食材は在来で、到来による制約がない。下限の縦線は無く、帯は成立年代を示す。
検証メモ: 2026年8月の検証(1回目)。前史にあたる古い層として、成立時期の確からしさ・三つのゲート・出典を確定した。最大の成果は、これまで2度にわたり到達できなかった1733年『料理集』の翻刻(千葉大学教育学部研究紀要30巻2部)の実体を、リファラとブラウザUAを付けた要求で取得し、432頁の『ぢんた茄子』条と『青豆のぢんたあへ』を目視で確認したこと=Wikipedia経由の孫引きが一次史料の直接確認に置き換わった。成立を縛る条件は特に無い(青大豆は在来・技術は擂り潰すのみ・砂糖は少量で必須ではない)。砂糖が成立を縛るのは、甘い餡として餅にまぶす子(ずんだ餅)の側。
起源説
諸説併記
語源:糂汰(じんだ=ぬか味噌・五斗味噌)からの語彙転用か、豆打(ずだ)=豆を打つ作業か C
『ぢんた/じんだ』の語の出どころには二つの説が併存し、決着していない。(1)糂汰説=古くぬか味噌・五斗味噌を指した語『糂汰(じんだ)』が、青大豆をすりつぶした緑の和え衣にも拡大適用されたとする説。1733年『料理集』が和え衣を『ぢんた』と表記することは、餅の名…続きを読む
『ぢんた/じんだ』の語の出どころには二つの説が併存し、決着していない。(1)糂汰説=古くぬか味噌・五斗味噌を指した語『糂汰(じんだ)』が、青大豆をすりつぶした緑の和え衣にも拡大適用されたとする説。1733年『料理集』が和え衣を『ぢんた』と表記することは、餅の名より先に衣の名として使われていた点でこの説と整合する。(2)豆打説=茹でた青大豆はそのままではすれないため、すりこぎで叩き潰す必要があり、その『豆を打つ』が『豆打(ずだ)/豆ん打(ずんだ)』になったとする説。仙台市歴史民俗資料館が挙げる説として広く知られ、農林水産省の解説も『豆を打つ音』として紹介する。物としての『ぢんた』が18世紀前半に確認できることは、どちらの語源説も排除しない。なお1914年の『俚謡集』は、すりつぶした青大豆そのものを『ジンダン』と呼ぶ用法を記録しており、語が指すのは餅ではなく豆の側であることを裏づける
- 支持 松下幸子・吉川誠次・川上行蔵「古典料理の研究(七):橘川房常著・料理集について」『千葉大学教育学部研究紀要』第30巻第2部, 1981年, 397-456頁 — 享保18年(1733)成立の仙台藩伊達家の料理書『料理集』の翻刻(底本=宮城県立図書館小西文庫本、東京国立博物館本と校異)。432頁「一 ぢんた茄子 小茄子皮をとり うすたれへさけを加へ に付に仕 よくにえ候節 わんへなりともゝもり 青大豆ぢんたを右に汁にて とろ〳〵とのべ懸申候 ぢんたへさとうを少加ひ申候」(原本 五十二オ)/同「一 和ものにはくるみ味そ・けしごま・からし・なんばん・せうが・みその内 青豆のぢんたあへにもよく候 湯に仕候よりは むし候て風味よく候」(原本 五十一ウ)。398頁の書誌的考察は、本書がいろは順に食品名を並べその料理法を記したもので享保18年に書かれ、序・後序に成立年月と著者名が記されること、著者房常の父 大江房利が仙台藩の料理人として綱村候に仕え、房常もその後を継いだのち吉村候により大番組へ取り立てられたことを述べる 重み5
- 支持 文芸委員会 編『俚謡集』国定教科書共同販売所、大正3年(1914)刊 — NDLデジタルコレクション PID951479 コマ165(山形県の項・本文281頁以降)。餅の種類を列挙して「餅は生餅にて、納豆餅、じんだん小豆餅、雜煮餅、胡桃餅、靑豆餅(大豆を水に浸し渫で上げて磨る之れをジンダンといふ)となし、數種並びつくる」と記し、すりつぶした青大豆そのものを「ジンダン」と呼ぶ用法を記録する。同コマは山形県の餅つきの習俗(蚕餅・刈上餅・田植餅)とそこで歌われる唄を載せる 重み5
- 言及 農林水産省「うちの郷土料理」ずんだ餅(宮城県):名前の由来に諸説(甚太説・伊達政宗の陣太刀説・豆ん打説)/江戸末期にこの和え衣がずんだとして定着(情報提供『ごっつぉうさん-伝えたい宮城の郷土食』みやぎの食を伝える会) 重み3
通説を否定したが起源不明
★主 近世仙台の料理書に見える青大豆の和え衣(成立の下限は不明・1733年は上限) C
『ぢんた』は、青大豆(枝豆)をすりつぶして和え衣にしたもので、餅にまぶす菓子ではない。享保18年(1733)に仙台藩5代藩主吉村の料理番 橘川房常が著した伊達家の料理書『料理集』が、これを2か所で記録する。ひとつは料理そのもの=「一 ぢんた茄子 小茄子皮をとり…続きを読む
『ぢんた』は、青大豆(枝豆)をすりつぶして和え衣にしたもので、餅にまぶす菓子ではない。享保18年(1733)に仙台藩5代藩主吉村の料理番 橘川房常が著した伊達家の料理書『料理集』が、これを2か所で記録する。ひとつは料理そのもの=「一 ぢんた茄子 小茄子皮をとり うすたれへさけを加へ に付に仕 よくにえ候節 わんへなりともゝもり 青大豆ぢんたを右に汁にて とろ〳〵とのべ懸申候 ぢんたへさとうを少加ひ申候」(原本 五十二オ)=皮をむいた小茄子を薄いたれに酒を加えて煮つけ、椀に盛り、青大豆のぢんたをその煮汁でとろとろにのばして懸ける、ぢんたには砂糖を少し加える。もうひとつは和え衣の一覧=「一 和ものにはくるみ味そ・けしごま・からし・なんばん・せうが・みその内 青豆のぢんたあへにもよく候」(原本 五十一ウ)=胡桃味噌・芥子胡麻・辛子・南蛮・生姜・味噌と並ぶ和え衣の一種として『青豆のぢんたあへ』が挙げられている。すなわち18世紀前半の仙台には、青大豆をすりつぶした緑の和え衣が、武家の料理書に載る定型の一品として確かに存在した。ただしこれは『遅くとも1733年には存在した』という上限であって、いつ始まったかを示さない。伊達政宗の陣中で生まれたとする発祥譚は、和え衣についても同時代の裏づけを欠く(その譚の反証は、砂糖を要する餅菓子の側で扱う)
- 支持 松下幸子・吉川誠次・川上行蔵「古典料理の研究(七):橘川房常著・料理集について」『千葉大学教育学部研究紀要』第30巻第2部, 1981年, 397-456頁 — 享保18年(1733)成立の仙台藩伊達家の料理書『料理集』の翻刻(底本=宮城県立図書館小西文庫本、東京国立博物館本と校異)。432頁「一 ぢんた茄子 小茄子皮をとり うすたれへさけを加へ に付に仕 よくにえ候節 わんへなりともゝもり 青大豆ぢんたを右に汁にて とろ〳〵とのべ懸申候 ぢんたへさとうを少加ひ申候」(原本 五十二オ)/同「一 和ものにはくるみ味そ・けしごま・からし・なんばん・せうが・みその内 青豆のぢんたあへにもよく候 湯に仕候よりは むし候て風味よく候」(原本 五十一ウ)。398頁の書誌的考察は、本書がいろは順に食品名を並べその料理法を記したもので享保18年に書かれ、序・後序に成立年月と著者名が記されること、著者房常の父 大江房利が仙台藩の料理人として綱村候に仕え、房常もその後を継いだのち吉村候により大番組へ取り立てられたことを述べる 重み5
- 支持 東北大学附属図書館 企画展『仙台藩の食と名産品』資料解説「料理集 3巻 橘川房常 享保18年(1733)」(宮城県図書館小西文庫所蔵・282種の食品をイロハ順に並べたレシピ集・伊達家正月料理復元の参考) 重み3
- 言及 レファレンス協同データベース 事例1000089770(宮城県図書館・2011):仙台藩伊達家『料理集』(橘川房常著・享保18年成立の写本/5代藩主吉村の料理番)と松下幸子ほかによる翻刻論文、伊達政宗の献立を載せる史料(伊達治家記録・政宗記・伊達政宗言行録) 重み3
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-08-20 | None | —→— | — | adder-x |
| 2026-08-20 | 支持 | —→C |
享保18年(1733)の仙台藩伊達家の料理書『料理集』は、青大豆をすりつぶした和え衣を『ぢんた』の名で2か所に記録する
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polisher-1 |
| 2026-08-20 | 支持 | C→C |
『料理集』は享保18年(1733)成立で、著者は仙台藩5代藩主吉村の料理番 橘川房常である
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polisher-1 |
| 2026-08-20 | 支持 | C→C |
『じんだ/じんだん』が指すのは餅ではなく、すりつぶした青大豆そのもの(和え衣)である
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polisher-1 |
| 2026-09-06 | 支持 | C→C |
1914年『俚謡集』のジンダンの記述は山形県の項(PID951479 コマ165)に載る
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polisher-1 |
構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。「成立史は準備中」の素材はまだページがありません。
- 素材枝豆成立史は準備中