食文化圏 / 東欧
クリミア・タタール料理の成立史
東欧の食文化圏「クリミア・タタール」に属する料理 6 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1300 年〜最新 1500 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 0 外来 4
所属する料理 6
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カシュク・アシュ
クリミア(クリミア・タタール) 1300–1700
時C説C
カシュク・アシュは、匙にちょこんと五つ七つおさまるほど小さな肉団子を浮かべた、クリミア・タタールのスープである。花嫁がこしらえてクリミアで生まれたという美しい起源伝説が語られるが、同じ形の小さな茹で団子は中央アジアからコーカサス、中東まで名を変えて広がっており、この一皿だけの発祥の地は初めから存在しない。
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コバテ
クリミア(クリミア・タタール) 1400–1800
時C説C
クリミアで愛される、層に重ねた生地に羊肉を詰めて焼くパイ。誰の料理かをめぐってはギリシャ系・テュルク系・タタール土着の三つの説が並び立ち、いずれか一民族へ起源を絞ること自体が史料の上では難しい。
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サリブルマ
クリミア(クリミア・タタール) 1500–1800
時C説B
薄く伸ばした生地で羊肉を巻き、ぐるりと渦巻きに丸めて火を通す——サリブルマは、クリミア・タタールの食卓に根づいた巻き肉ペストリーである。クリミアだけの孤立した発明という見方もあったが、その名も形も、黒海をまたいで広がるテュルク系ボレクの大きな家族の一員であることを物語る。
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チェブレキ
クリミア(クリミア・タタール) 1500–1900
時B説C
クリミア半島のタタール人が伝えてきた、薄い生地に羊の挽き肉を包んで揚げる半月形のパイ。チンギス・ハンの兵士が熱した盾で焼いたのが始まり、という勇ましい起源譚が語られてきたが、これを支える古い記録は見当たらない。
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ベリャシ
ヴォルガ・ウラル地域(タタール・バシキール) 1500–1900
時C説C
ヴォルガ川流域のタタール・バシキールが伝える、中央に窓を開けた丸い揚げパイ。ロシアでは「ベリャシ」の名で大衆食になったが、本来の名はタタール語のペレメチ(пәрәмәч)である。
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ヤントゥク
クリミア(クリミア・タタール) 1500–1900
時B説C
クリミア・タタールの食卓に伝わる、薄い生地に羊の挽き肉を挟んで焼く半月形のパイ。同じ生地と餡でも、油で揚げる兄弟分とは違い、こちらは油を引かない鉄板やオーブンで焼き、焼き上がりに溶かしバターを塗る。