食文化圏 / 東欧

クリミア・タタール料理の成立史

東欧の食文化圏「クリミア・タタール」に属する料理 6 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 21.61 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1300 年〜最新 1500 年)。

  • 中世 2
  • 近世 4

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 0 外来 4

所属する料理 6

  • コバテ クリミア(クリミア・タタール) 1400–1800 時C説C

    クリミアで愛される、層に重ねた生地に羊肉を詰めて焼くパイ。誰の料理かをめぐってはギリシャ系・テュルク系・タタール土着の三つの説が並び立ち、いずれか一民族へ起源を絞ること自体が史料の上では難しい。

  • チェブレキ クリミア(クリミア・タタール) 1500–1900 時B説C

    クリミア半島のタタール人が伝えてきた、薄い生地に羊の挽き肉を包んで揚げる半月形のパイ。チンギス・ハンの兵士が熱した盾で焼いたのが始まり、という勇ましい起源譚が語られてきたが、これを支える古い記録は見当たらない。

  • ベリャシ ヴォルガ・ウラル地域(タタール・バシキール) 1500–1900 時C説C

    ヴォルガ川流域のタタール・バシキールが伝える、中央に窓を開けた丸い揚げパイ。ロシアでは「ベリャシ」の名で大衆食になったが、本来の名はタタール語のペレメチ(пәрәмәч)である。

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