食材から辿る / 旧大陸
発酵茶葉 素材 時期 C検証済
発酵茶葉が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
発酵茶葉(発酵/酸化加工した茶)の成立=文献上最古のミャンマー漬け茶(ラペットゥ)がおおむね11世紀頃〜(年代幅あり)。原料の茶葉は雲南に前史として在来
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 原料=茶葉(チャノキ Camellia sinensis)。中国西南部(雲南)に自生・栽培化。喫茶の確立は唐・760年頃だがこれは緑茶(未発酵)。到来台帳: 在来@中国760/@日本805(いずれも緑茶)
- 調理技術ゲート
- 茶葉の発酵/後発酵・酸化加工の技術成立。緑茶(加熱で発酵停止)と異なり葉を寝かせ発酵させる。文献上の最古はミャンマー(シャン高原)の漬け茶ラペットゥ=おおむね11世紀頃〜(年代幅あり・Lieberman)。後に中国の後発酵茶・紅茶/烏龍の酸化発酵へ
- 場ゲート
- 発酵茶葉が食用(漬け茶=食べる茶ラペットゥ)/飲用(後の紅茶)として成立した場。ミャンマー・シャン高原の食文化として11世紀頃〜(1500年代以降拡大・Lieberman)
発酵茶葉はどこから広がったか
茶(チャノキ Camellia sinensis)のふるさとは、中国西南部——雲南あたりの山地である。この一帯にチャノキが自生し、栽培もここに始まった。ただし「茶」とひとくちに言っても、その姿は一様ではない。摘んだ葉をすぐ加熱して発酵を止めた緑茶と、葉を寝かせて酸化・発酵させた紅茶や烏龍茶とは、同じ木から作られながら製法の異なる別の飲みものである。そして茶の歴史の初めに現れるのは、緑茶のほうだった。発酵させた茶——この食材そのもの——が広く求められるようになるのは、ずっと後代のことである。この緑茶と発酵茶のあいだの隔たりを意識することが、茶の伝播を読む鍵になる。
唐の中国で確立した喫茶
茶を飲む習慣そのものは漢代にさかのぼるとされるが、飲みものとしての文化がはっきり形をとるのは唐の時代である。760年ごろ、陸羽が『茶経』を著し、茶の栽培から製法、飲み方までを体系立てて記した。これによって喫茶は洗練された文化として確立する。ただしこのころの茶は、蒸して固めた緑茶であって、のちの紅茶や烏龍茶のような発酵茶ではない(中国学者ヴィクター・メアとアーリン・ホーの茶史研究による)。
日本へ渡る緑茶
中国の喫茶文化は、早くに日本へも伝わった。805年、遣唐使とともに渡った最澄・空海が茶の種を持ち帰ったと伝えられ、815年には『日本後紀』が嵯峨天皇へ茶を献じた記事を載せる。これが日本での飲用の確かな初出とされる。その後いったん衰えるが、1191年に栄西が『喫茶養生記』を著して喫茶を再興した。日本に根づいたこの茶もまた、緑茶であった。
東南アジアの「食べる茶」
茶は飲むだけのものではない。ミャンマー(ビルマ)では、茶葉を蒸して漬け込み、発酵させて食べる「ラペットゥ(ラペッ)」が古くから親しまれてきた。おおむね11世紀ごろから、シャン高原などで茶の栽培と、この漬け茶の食文化が広がっていったとされる(年代には幅がある)。ここでは茶葉は、湯に浸す飲料ではなく、発酵させた食べものとして根を下ろした(歴史家ヴィクター・リーバーマンの研究による)。
ヨーロッパと、発酵茶への移り変わり
ヨーロッパに茶が届くのは、17世紀の初めである。1610年、オランダ東インド会社が中国と日本の茶をアムステルダムへ初めて持ち込んだ。これがヨーロッパの茶文化の出発点となる。当初もたらされたのはおもに緑茶だったが、18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの、とりわけイギリスの需要は、しだいに発酵させた紅茶へと移っていった。輸送や保存に強く、濃く出る紅茶が好まれるようになったのである(歴史家エリカ・ラパポートの、茶と帝国をめぐる研究による)。
インド・アッサムの紅茶
高まる紅茶の需要は、やがて中国以外の地で茶を育てる動きを生んだ。インド北東部のアッサムには、チャノキの一変種(var. assamica)が自生しており、1823年にロバート・ブルースがこれを確認する。イギリスはこれを商業栽培に乗せ、1838年にはアッサム産の紅茶が初めてロンドンに届いた。翌1839年にはアッサム・カンパニーが設立され、アッサムは発酵茶——紅茶——の一大産地へと育っていく。中国雲南の緑茶に始まった茶は、こうして製法を変え、産地を変えながら、世界の飲みものになったのである。
各地への伝来 6
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 760頃 中国 在来在地栽培
- 805〜815頃 日本 交易路在地栽培
- 1000〜1500頃 ミャンマー 在来加工
- 1610頃 オランダ 植民地交易
- 1690〜1705頃 英国 交易路流通
- 1823〜1839頃 インド 植民地交易在地栽培
発酵茶葉の到来が成立を縛った料理 2
発酵茶葉が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。