食材から辿る / 新大陸(コロンブス交換)
パイナップル 素材 時期 C検証済
パイナップルが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- パイナップル(Ananas comosus)の栽培化@南米ラプラタ地域(パラナ・パラグアイ水系、トゥピ・グアラニー、約6000年前〜)
- 調理技術ゲート
- 完熟果実の生食(可食化に特別技術不要)+種なし化の選抜栽培
- 場ゲート
- 在地の栽培・生食(栽培化=食用と同年)
パイナップルはどこから広がったか
パイナップル(Ananas comosus)は南アメリカの果実である。原産地はパラナ川とパラグアイ川の水系——いまのブラジル南部からパラグアイにかけての一帯で、この土地に暮らしたトゥピ・グアラニーの人々が野生のアナナスから栽培型を選び出した。栽培化の年代は、およそ紀元前4000年から紀元前1200年ごろの幅でとらえられている。
選抜の要点は、種をなくすことだった。野生のアナナスの実には硬い種が詰まっている。種の入らない実をつける株を選び、株元から出る吸芽や実の上の冠芽を挿して殖やせば、その性質はそのまま次の代へ受け継がれる。人の手で株を分け続けることによって、種のない甘い実が畑の常のものになった。
熱帯アメリカへ
食べるのに手間はいらない。熟した実を切るだけで口に入るので、栽培の届いた土地では、そのまま果物として受け入れられた。パイナップルは原産地から北へ広がり、スペイン人が到着する以前にメソアメリカへ達している。メキシコでは紀元前200年から紀元後700年ごろにかけて栽培され、マヤやアステカの人々がこの果実を育てていた。15世紀の終わりには、熱帯アメリカのきわめて広い範囲にパイナップルが分布している。
南米の川筋で選び出された種のない果実は、ヨーロッパ人が新大陸に着くよりも前に、大陸の熱帯をほぼ覆っていたのである。
各地への伝来 2
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前4000〜前1200頃 ラプラタ地域 在来在地栽培
- 時期不明 メキシコ 在来在地栽培
パイナップルを使う料理 1
- マンチャマンテレス メキシコ・プエブラ1519年ごろ