食材から辿る / 在来
枝豆 素材 時期 B検証済
枝豆が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
大豆を熟す前の緑色の莢のうちに収穫して食べるもの。遅くとも延長5年(927年)に完成した『延喜式』に、宮中の夏の野菜として生の大豆を束で数える記録がある。いつから食べ始めたかは分からない(大豆そのものは中期縄文までに日本で栽培されていた)
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 在来。大豆を熟す前に枝ごと収穫したもので、大豆を育てる土地なら得られる。日本では中期縄文までに大豆が栽培されていた。夏の野菜として生の大豆を扱った記録は『延喜式』(927年完成)にある
- 調理技術ゲート
- ゆでる(煮る)だけで食べられ、在来の技法で足りる。調理法が成立を縛ることはない
- 場ゲート
- 『延喜式』では宮中の日々の野菜(内膳司の供奉雑菜)と、七月廿五日・九月九日の節会で官人に配る品として現れる。鎌倉時代には寺への贈り物として日蓮の礼状(1280年)に「枝大豆」の名で見える。特別な場を要さない
各地への伝来 1
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 時期不明 日本 在来在地栽培
枝豆を使う料理 1
- ずんだ餅 日本・仙台1750年ごろ