食材から辿る / その他・調査中

パデーク(魚醤) 素材 時期 C検証済

成立年代 100–1691

パデーク(魚醤)が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

3ゲート

食材入手ゲート
原料は淡水魚(水田・池・川で獲れる雷魚 Channa striata、ナマズ類、タウナギ等)・塩・米糠または炒り米で、いずれも在来。ラオスは内陸で(ラーンサーン王国は海に面さない)海水魚を用いないため、沿岸のナンプラー/ヌクマムと原料が分かれる。塩はイサーン〜ラオスに広がるマハサラカム層の塩分を含む土壌から水で濾し出した鹹水を煮詰めて得る在地製塩による。律速は入手の経路=加工(大量の塩を用いた発酵技術)。食材ゲート台帳では パデーク(魚醤)@ラオス=100年(幅100–1691・技術発明・加工)
調理技術ゲート
魚を洗って壺に入れ、大量の塩とともに漬ける(イサーンの聞き取りでは塩:魚=1:10〜1:4)。数週間から数か月おいたのち炒り米または米糠を加えて発酵を助け、最長1年ほど熟成させる。米(糠)を加える点が液体を採るナンプラー/ヌクマム型の魚醤と分かれる分岐点で、固形分を含むペースト状の製品になる(同型=タイのプラーラー、カンボジアのプラホック)。上澄みの液を採って調味料に用いる使い方もあり、液体魚醤との連続体をなす
場ゲート
venue=水田漁撈をおこなう村落の家庭(近年は村内の小規模生産業者と市場向け商品も) / stratum=大衆(自給の保存食) / access=自家製造と村内・地域市場での流通 / community=メコン中流域のラオ系稲作漁撈民(ラオスおよびイサーン)

各地への伝来 1

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 100〜1691頃 ラオス 技術発明加工

パデーク(魚醤)を使う料理 1

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