食材から辿る / 在来

塩鱈(保存塩蔵) 素材 時期 C検証済

成立年代 1200–1500

塩鱈(保存塩蔵)が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

中世〜近世初期(保守的に1200〜1500年の幅)。原料のタラは北大西洋の在来魚で、塩を使わない風乾=干しタラ(stockfish)は北欧で先行し、11〜14世紀にはロンドン等へ長距離交易される保存食になっていた(Orton et al. 2014の動物考古学メタ分析)。塩鱈=塩蔵+乾燥は、天日海塩が安価に得られるビスケー湾のバスク沿岸で中世(13世紀ごろとされる)に成立したとする説(Kurlansky 1997)と、湿潤で風乾できないニューファンドランド漁業(1497年以降)で塩蔵が必然化して初めて登場したとする説が競合し、精確な成立年は特定できない。文献上の初出年=英語 bacalao の初出1555年(OED)、ポルトガルへの定着は1450-1550年ごろ(Braga 2013)

3ゲート

食材入手ゲート
原料タラ(Gadus morhua)は北大西洋の在来魚で外来到来律速なし(既存台帳: タラ(旧大陸)@北欧=在来)。塩鱈という素材自体の入手はroute。律速要件は塩蔵に足る安価な塩の供給で、天日製塩が可能なイベリア/ビスケー湾側で先に満たされた(北欧は塩が高価なため無塩の風乾=干しタラに留まった)。到来台帳: 塩鱈(保存塩蔵)@バスク=在来・route=加工・幅1200-1500/@ポルトガル=交易路1450-1550
調理技術ゲート
塩蔵乾燥(開いて内臓・背骨を除き、粗塩を層状に重ねて漬け込み〈湿塩〉、その後乾燥させる)。塩と乾燥の二重処理で水分活性を下げ、常温で数年の保存と長距離輸送に耐える。使用時は数日の水戻し(塩抜き)が要る。技術自体は地中海世界の塩蔵魚(salsamenta)以来の在来知で、タラに適用するための特別な発明を要さない(食材入手)
場ゲート
漁船・浜の加工場(塩蔵)と、それを運ぶ交易網。素材の成立は加工=入手と同年で、場ゲートは退化する。流通面では四旬節・金曜の肉断ちの需要が塩鱈を南欧・カトリック圏の大衆的な保存タンパクにし、のちに大西洋交易でカリブ・西アフリカへ広がった

各地への伝来 4

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 1200〜1500頃 バスク 在来加工
  • 1450〜1550頃 ポルトガル 交易路流通
  • 1500〜1600頃 ニューファンドランド 植民地交易
  • 1700〜1800頃 ジャマイカ 植民地交易流通

塩鱈(保存塩蔵)の到来が成立を縛った料理 1

塩鱈(保存塩蔵)が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

塩鱈(保存塩蔵)を使う料理 2

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