食材から辿る / 旧大陸
干し肉(カルネ・セッカ) 素材 時期 C検証済
干し肉(カルネ・セッカ)が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
植民地期ブラジル北東部(セルタォン)の乾燥塩蔵牛肉。原料の牛は旧大陸から16世紀に移入(ブラジル到来1534–1550)。17世紀後半、グエラ・ドス・バルバロス後の内陸牧畜(estâncias de gado)拡大にともない、沿岸の砂糖プランテーション労働力向けの保存肉として定着し17世紀の史料に登場。1730年ごろセアラのアラカチ(ジャグアリベ川口・モソロー塩田に近い積出港)に知られる最初のシャルケアーダが成立し産業化。成立窓1650–1730(食材ゲート台帳の点推定1690)
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 牛肉(旧大陸の牛。ポルトガル植民に伴い16世紀にブラジルへ移入=到来1534–1550・食材ゲート台帳: 牛@ブラジル=1550年)+塩(北東部の海塩=モソロー等の塩田で在地入手)
- 調理技術ゲート
- 塩を擦り込み天日と風で乾燥させる保存加工(塩蔵+乾燥)。イベリアの塩蔵肉技法と、名称 charque の語源となるアンデスの ch’arki
- 場ゲート
- 律速。①北東部セルタォンの牧畜(グエラ・ドス・バルバロス後の17世紀後半に内陸へ拡大した estâncias de gado)②沿岸の砂糖プランテーションが必要とした安価な保存肉の需要③塩田に近い積出港(セアラのアラカチ等)――この三者が結合してはじめて乾燥牛肉が商品として成立。1730年ごろアラカチに最初のシャルケアーダ
各地への伝来 1
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 1650〜1730頃 ブラジル 植民地交易
干し肉(カルネ・セッカ)の到来が成立を縛った料理 1
干し肉(カルネ・セッカ)が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- エスコンジジーニョ ブラジル1690年ごろ