食材から辿る / その他・調査中
マリオンベリー 素材 時期 A検証済
マリオンベリーが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
1956年(品種公表年)。マリオンベリー=ブラックベリー(Rubus 属トレイリング型)の交配栽培品種 'Marion'。米国農務省(USDA)の育種家 George F. Waldo がオレゴン農業試験場(オレゴン州立大学・コーバリス)との共同育種で 1945年に Chehalem × Olallie を交配し、1948年に U.S.-Oregon 928 として選抜、マリオン郡での試験栽培を経て 1956年に 'Marion' として公表・配布された。名はマリオン郡(当時トレイリング型ブラックベリー生産の首位)に由来。文献初出=1957年2月の Waldo『The Marion Blackberry』Oregon Agr. Exp. Sta. Circular of Information 571
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 在来食材でなく品種育成で新たに作出された果実。1945年交配→1948年選抜(U.S.-Oregon 928)→1956年公表('Marion')までこの果実は存在せず、1956年が物理的下限(食材ゲート台帳: マリオンベリー@米国=1956・channel=技術発明・route=在地栽培/出典 Waldo 1957『The Marion Blackberry』)。入手はオレゴン州ウィラメット渓谷での在地栽培(挿し木=tip-rooted plants による栄養繁殖)
- 調理技術ゲート
- Circular 571 は1950年以来オレゴン州立大 Food Technology 部門が冷凍パック(frozen pack)・パイ焼成の官能評価を続けたと記し、公表時点で冷凍加工・流通の技術は既存
- 場ゲート
- 育種試験地マリオン郡およびウィラメット渓谷の商業栽培地=栽培地がそのまま供給元。1956年の品種公表と同時に苗が生産者へ渡り、地元小売・直売所・冷凍加工へ流れた(場ゲートは退化)
各地への伝来 1
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 1956頃 米国 技術発明在地栽培
マリオンベリーの到来が成立を縛った料理 1
マリオンベリーが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- Marionberry pie 米国1956年ごろ