食材から辿る / 旧大陸
ピスコ 素材 時期 B検証済
ピスコが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
16世紀後半(植民地期ペルー・イカ/ピスコ谷)=1587年までに葡萄蒸留酒(aguardiente)の製造・取引が公証人文書に記録、1613年のPedro Manuel『El Griego』遺言書に蒸留器とaguardiente30壺
3ゲート
- 食材入手ゲート
- スペイン植民地化に伴い1540年代にクスコへ移植され(Terrazas/Caravantes)、1551-1555年に南米初の醸造。以後イカ・ピスコ谷など南海岸でブドウ園が拡大し、蒸留原料となるワイン/発酵果汁が量的に確保された
- 調理技術ゲート
- 発酵ブドウ果汁の単式蒸留(アランビケ/現地型のfalca)。蒸留技術はスペイン経由で植民地期に導入され、ペルーでの葡萄蒸留酒(aguardiente)の製造・取引は1587年の公証人文書から記録される
- 場ゲート
- 植民地期ペルー南海岸(イカ・ピスコ谷)のブドウ園ハシエンダでの商業生産と、港町ピスコ(1572年建設)からカヤオ・アリカ等へ積み出す交易品としての流通
各地への伝来 1
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 1587〜1613頃 ペルー 植民地交易加工
ピスコの到来が成立を縛った料理 1
ピスコが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- ピスコサワー ペルー1916年ごろ