食材から辿る / 旧大陸
カマボコ 素材 時期 C検証済
カマボコが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
魚肉のすり身に塩などを加えて練り、形を整えて蒸すか焼いて固めた日本の魚肉練り製品(板かまぼこ・竹輪の類)。年記のある記録で確かめられた最も早い例は、平安時代の故実書『類聚雑要抄』が永久3年(1115)7月21日、関白右大臣の東三条殿への移御の膳を図で示したもので、盤の一つに「蒲鉾」と書かれている。同書は保延元年(1135)の五節殿上饗の献立にも「蒲鉾」を載せる。これは「遅くともこの年には作られていた」という上限であって、作り始めた年ではない。1115年の蒲鉾がどんな形と材料だったかは、この図からは分からない。室町時代の『宗五大艸紙』(1528)は、かまぼこは鯰が本来で、蒲の穂に似せたものだと書く
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 原料の魚(『宗五大艸紙』は鯰を本来とする)と塩はいずれも日本で在地に得られ、外来の食材に縛られない。素材として成り立つ条件は、魚肉をすり身にして練り、加熱して固める加工の成立だが、その年は史料で特定できていない
- 調理技術ゲート
- 魚肉をすりつぶして塩を加えて練り、成形して加熱(蒸す・焼く・茹でる・揚げる)して固める。現在の統計上の定義は、魚肉を主原料とするすり身に調味料を加えてねり合わせ、加熱凝固させたもの
- 場ゲート
- 記録に残る最初期の例は、摂関家の移御や五節の殿上饗といった宮廷・貴族の饗膳である。誰がどこで作り始めたかは史料に無い
各地への伝来 1
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 時期不明 日本 在来加工
カマボコを使う料理 1
- サイミン ハワイ1880年ごろ