食材から辿る / 新大陸(コロンブス交換)
ラマ肉 素材 時期 C検証済
ラマ肉が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3つの成立条件(食材・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
アンデス高地プーナで在来の野生グアナコ Lama guanicoe から家畜化されたラマ Lama glama の肉。テラルマチャイ(ペルー・フニン高原)の動物考古学では、ラクダ科の人為管理の強化がおよそ6400〜4500年前(暦年で前4450〜前2550年ごろ)に進み、Wheeler(1985)は先行するアルパカ型を6000〜5500年前、ラマ型を5000〜3800年前(前3000〜前1800年ごろ)の層に位置づける。独立した家畜化の中心はペルー/ボリビア/アルゼンチン・チリのプーナに3つ提唱され収束していない。代表値は前2500年ごろ、幅は前4500〜前1800年。家畜化以前も野生グアナコ・ビクーニャの狩猟肉は9000年前から食べられており、『ラクダ科の肉食』自体はさらに古い(家畜ラマの肉という素材の成立年だけが、最後に揃った条件である家畜化で決まる)
3つの成立条件
- 食材の条件
- 家畜化(在来): アンデス高地プーナで在来の野生グアナコ Lama guanicoe を管理下に置き Lama glama が成立=およそ前3000〜前1800年(Wheeler のラマ型層 5000〜3800 BP)。ラクダ科全体の人為管理強化は前4450〜前2550年ごろまで遡り、アルパカ型が先行する。外来到来の律速はなく、原産地では家畜化年が、手に入れられる最も早い年になる
- 調理技術の条件
- 屠畜・解体と加熱(焼く・煮る、熱石煮 qala phurk'a 等)。保存には高地の冷気と強い日射を使う乾燥・凍結乾燥の在来加工チャルキ ch'arki(ケチュア語『干し肉』=英語 jerky の語源)があり、塩水に漬けて薄切りにし5〜6月の低温期に2〜3週間干す。いずれも在来技術で自明
- 場の条件
- 食材入手(家畜化)と同年=アンデス高地の牧畜民の日常食。飼育地=食卓で場ゲートは退化。ただしインカ期にはチャルキが国家倉庫・タンプ(宿駅)経由で流通し、貴族・儀礼消費と徴税物の側面も帯びる。植民地期以降はラマ/アルパカ肉が『インディオの食べ物』として社会的に忌避された時期がある
各地への伝来 1
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前4450〜前2550年 ペルー 在来