食材から辿る / 在来

納豆 素材 時期 C検証済

原産地 日本 ・ 成立年代 1450–1840

納豆が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

糸引納豆(塩も麹も使わず枯草菌で短期発酵させる、現在日本で『納豆』といえば大部分がこれ)。文献初出=室町時代中期『精進魚類物語』で、遅くとも15世紀には存在した。初出は発祥でなく年代窓の上限にすぎず、原料(在来の大豆+稲ワラに天然に生息する納豆菌)も技法(煮豆を藁苞で保温するだけ)も稲作農耕社会に普遍であるため、成立の下限は特定できない。鎌倉期に中国から禅僧を通じて伝わった寺納豆(塩辛納豆=豆麹に塩を加え長期熟成)は別系統の製品で、室町以前の『納豆』の記録はこちらを指す。現在のような粒納豆が主流になるのは江戸後期(文化の末〜天保=1810〜1840年代)で、それ以前はたたき納豆(包丁でたたいて汁に入れる汁納豆)が食べられていた

3ゲート

食材入手ゲート
原料は大豆・水・納豆菌の3つだけで、食塩も麹も使わない。大豆は列島で在来(中期縄文=5000 cal BP に大型種子・食材ゲート台帳 大豆@日本=-3000)、稲ワラは弥生以降の稲作社会にどこにでもあり、納豆菌(枯草菌 Bacillus subtilis)は水田・畑の土壌や稲ワラから容易に見つかる土壌細菌である。したがって外来食材の律速はなく、律速は入手①の経路=加工(煮豆を藁苞で無塩発酵させる技法の成立)。日本での成立は遅くとも室町時代中期(糸引納豆の文献初出)で、食材ゲート台帳に 納豆@日本=1450(幅1400–1500・在来/加工)として台帳化した
調理技術ゲート
煮熟または蒸煮した大豆をワラツト(藁苞)に包み、こたつ・岩室・釜・土・樽・雪・桶などに入れて2〜4日保温発酵させる。接種源は稲ワラに天然に生息する納豆菌で、種菌も塩も麹も不要=発酵に関与する微生物は1種類、所要は約2日(大豆発酵1日+低温熟成1日)と大豆発酵食品としては最短の工程であり、稲作農耕社会であれば特別な技術を要さない(味噌・醤油のように加塩・製麹・長期熟成を要しない点が決定的な違い)。近代以降は純粋分離培養した納豆菌(1905年に沢村真が分離同定し Bacillus natto と命名、現在は枯草菌と同種で Bacillus subtilis (natto) と表記)の胞子懸濁液を種菌とし、約2気圧132℃で20〜40分蒸煮した大豆へ85℃以上のうちに接種、40℃・湿度85〜90%の発酵室で16時間発酵させ強制冷却・低温熟成する工業製法に置き換わった
場ゲート
1960年代まで、納豆製造は大豆の収穫期(秋から冬の低温期)に地方の農家等が行う自家生産で、地方ごと・家ごとに個性のある納豆が作られた(味噌・醤油の醸造蔵と対照的)。江戸時代には一般家庭でもよく食べられ、汁物に入れたり醤油をかけて食べられ、都市では納豆売りが担った。1889年の水戸鉄道(現JR水戸線)開通で水戸駅ホームなどでの販売が始まり水戸が産地として著名化。20世紀半ばに種菌の工業化・スーパーマーケットの普及・コールドチェーンの発達により通年商品となった

各地への伝来 1

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 1400〜1500頃 日本 在来加工

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