一覧 / 南アジア
バターチキン 全体 A 起源説 C 検証済
3ゲート
- 食材ゲート
- トマトは新大陸原産、ポルトガル経由で16-17Cにインド亜大陸到来=物理的下限。鶏・乳製品は在来
- 流通・技術ゲート
- タンドール焼きの残り肉をトマト・バター・クリームのグレービーで再調理する手法
- 場ゲート
- 独立期デリーのレストラン(モティ・マハル)→外食・大衆化
成立年代と食材ゲート
主役食材の到来年(テラコッタの線)が物理的な下限。成立年代の帯はそれ以降にある。
検証メモ: 検証済(polisher-3): デリー・モティ・マハルを揺籃とする筋は広く流布だが発明者・年代の一次史料は乏しく係争中(モティ・マハルvsダリヤガンジ)→帰属未確定の諸説C。食材ゲート:トマト北インド到来1600(台帳)≪下限1947で整合。CTM(#10)は同祖姉妹(英国側の希釈派生)。
起源説
諸説併記
★主 バターチキンの主要起源説 C
分離独立期にデリーのモティ・マハル系レストランで考案されたとの説(要検証)
ダリヤガンジ=クンダン・ラール・ジャギ共同考案説 C
1947年デリー開業のレストランをグジュラルと共同創業したクンダン・ラール・ジャギの系譜(レストランDaryaganj)が、同店で共同考案したと主張。1949年登録の手書き共同経営文書を証拠提出。発明者帰属はデリー高裁で係争中で確定せず。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-06-19 14:02:38 | 不明 | C→C |
デリー・モティ・マハルでグジュラルがタンドリーチキンの残りをトマト・バター・クリームで再調理し考案
デリー=モティ・マハルを揺籃とする筋は広く流布だが、発明者・年代の一次史料は乏しく係争中(モティ・マハルvsダリヤガンジ、2752頁の訴訟)。IP弁護士いわく裁判所は状況証拠に依拠。神話化された反証対象ではなく帰属が確定しない諸説状態=Cを維持。 |
polisher-3 |
| 2026-06-19 14:02:38 | 不明 | C→C |
1947年デリー開業店でジャギがグジュラルと共同考案(1949年登録の手書き共同経営文書)
対立帰属説として併記。Daryaganj系は1949年文書を提出するが発明者帰属は未確定。CではなくDではない(デリー独立期の揺籃自体は否定されない)。 |
polisher-3 |
| 2026-06-19 14:02:38 | 支持 | A→A |
食材ゲート:トマト北インド到来=1600年(ポルトガル経由)、大衆食用化1950s-70s。下限1947と矛盾なし
トマト到来(1600)≪下限(1947)で食材ゲート整合。むしろトマトの大衆食用化(1950s-70s)とバターチキン成立期が重なる点が成立時期の固さを補強。食材ゲート台帳に トマト@北インド=1600 を登録。 |
polisher-3 |
完了定義(DoD)
✅ 充足(3ゲート/2確度/C・D対立併記/C・D出典≥1/ゲート整合)
関連する料理
系統・関係
- 同祖姉妹 チキン・ティッカ・マサラ 英国 起C
主役食材を共有(トマト)
- トマトパスタ(ポモドーロ) 南イタリア 起B
- ピッツァ・マルゲリータ ナポリ 起D
- シャクシュカ 中東・北アフリカ 起C
- ジョロフライス 西アフリカ 起C
近い料理 食材・年代・地域の重なり
- ファラフェル レバント・エジプト 1850–1950
- ターメイヤ エジプト 1850–1950
- エスプレッソ/カプチーノ イタリア 1901–1948
- ラーメン 日本 1910–1958
- タコス・アル・パストール メキシコ 1940–1966